ブックマーク / apeman.hatenablog.com (59)

  • 「田母神論文」は孤立した現象ではない(追記あり) - Apeman’s diary

    新聞等の報道によれば、アパの懸賞に応募した自衛隊員はすべて空自だったそうで、ますます「これまでなぜ看過してきたのか?」が問われることになりそうです。ではことは空自だけのことなのか、といえば残念ながらそうではない。例えば「田母神論文」に登場する「張作霖爆殺=ソ連の陰謀」説。「盧溝橋事件=中共の陰謀」説の方は事件発生の経緯が(有力な通説こそあっても)完全に明らかになってはいないことや当時の華北の情勢などに照らしていえば、まだマシです*1。しかし「張作霖爆殺=ソ連の陰謀」説の方はもう、情報の信憑性の評価がまともにできないかイデオロギーのためならそうした評価をパスして平気な人間*2しか採用しえないシロモノです。で、こうした説が『ムー』に載っているのであれば別に気にするほどのことでもないのですが、ご承知のように『諸君!』や『正論』が鳴り物入りでとりあげたわけです。そのキャンペーンに加担した知識人の一

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  • 「天下三分の計」と旧陸軍の中国認識 - Apeman’s diary

    単なる連想、思いつきで(現時点では)なんの根拠があるわけでもないはなしなので、そのつもりで読み流していただければ。 現在テレビその他のメディアではジョン・ウーの新作『レッド・クリフ』の宣伝がさかんに繰り返されている。映画の描写は長坂の戦いから始まるそうだが、その少し前に例の「三顧の礼」のエピソードがあり、諸葛亮が劉備に「天下三分の計」を説く、という場面がある。さて、日での「三国志」人気に大きく貢献した吉川英治の『三国志』ではこの場面に、以下のような一文が挿入されている。 孔明の力説するところは、平常の彼の持論たる =支那三分の計=であった。 一体、わが大陸は広すぎる。故に、常にどこかで騒乱があり、一波万波をよび、全土の禍いとなる。 これを統一するは容易ではない。いわんや、今日に於いてはである。 (…) 曹操は「天の時」を、孫権は「地の利」を占めているので劉備は「人の和」を占めるために荊州

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  • お初天神の戦争遺跡 - Apeman’s diary

    久しぶりにお初天神(露天神社、大阪市北区曾根崎二丁目)を通りかかったところ、一対の石柱に以前にはなかった貼り紙があるのに気づいた。 現在改装中の甲子園球場でも、鉄扉に機銃掃射の弾痕が残っていたことが以前に新聞で報道されていたが、こんなところにも戦争の痕跡が残っていたわけだ。 なお写真が示す通り神社側は「グラマン戦闘機」による機銃掃射と説明しているが、ウィキペディアの「露天神社」についての記述では(今日の時点で)P-51によるものとされている。

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  • 左翼アレルギー(追記あり) - Apeman’s diary

    buyobuyoさんのブクマコメントを読んで、mujinさんのところにコメントしたことをちょっとふくらませておこうかと思って。 2008年08月31日 buyobuyo これが若さか お前のおかしいところは、批判のホコサキが政策推進者にいかないところ。悪いのは止められないサヨクのせいかよ (http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20080830/p1) もちろん左翼もいろんな間違いをしてきた(している)わけで、事実に即してそれを批判するのはけっこうなんですが・・・ 2007年01月20日 [サヨク][日はじまったな]「国民を災害から守ることを守ることを任務とされているはずの自衛隊が、国による命令を受けて救援に向ったのは、数日を経て後のことであった。」お前のとこの村山のせいだよ!旧社会党・社民党系だけは生涯許さん。

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  • 「あなたたちの尊い犠牲の上に」 - Apeman’s diary

    昨日紹介した『地獄の日兵』の「おわりに」より。 戦後、とりわけバブル景気華やかだったころ、数多くの戦友会によって頻繁に行われた慰霊祭の祭文に不思議に共通していた言葉がありました。 「あなた方の尊い犠牲の上に、今日の経済的繁栄があります。どうか安らかにお眠りください。」 飢え死にした兵士たちのどこに、経済的繁栄を築く要因があったのでしょうか。怒り狂った死者たちの叫び声が、聞こえて来るようです。そんな理由付けは、生き残った者を慰める役割を果たしても、反省へはつながりません。逆に正当化に資するだけです。実際、そうなってしまいました。 今日もあちこちで「尊い犠牲」という言葉が口にされるのでしょう。 昨日新聞で読んでここでもとりあげようと思っていたのですが、「戦争を語り継ごうブログ」さんが先にエントリにされていました。朝日新聞8月14日夕刊(関西版のみ?)、「勝手に関西 世界遺産 登録番号180 

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  • https://apeman.hatenablog.com/entry/20080706/p2

  • 敗戦直後に日本人慰安婦を看護婦として雇用 - Apeman’s diary

    すでにいくつかのブログで取りあげられてますが、こちらでも紹介しておきます。 敗戦後、慰安婦を看護婦に 旧軍の命令、文書で初確認 第2次大戦での日の敗戦直後、旧海軍が日人慰安婦を、軍病院の補助的な看護婦として雇用するよう命じた通達が19日までに、連合国側が暗号解読して作成した英公文書で判明した。研究者らは、慰安婦が看護婦に雇用された際の身分が軍属だった可能性が高いとみている。敗戦時に軍属雇用するという配慮から、軍が戦中に慰安婦管理に事実上深くかかわっていたとする見方を補強する貴重な史料としている。 従軍慰安婦問題では、政府の謝罪や補償の根拠となる当局の関与の度合いが問題となっており、今後の議論に影響を与えそうだ。「看護婦」とすることで、当局が慰安婦の存在を連合国側から隠ぺいしようとした可能性も指摘されている。 慰安婦を看護婦としたことは元兵士らの証言や、オーストラリア人ジャーナリストの著

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  • やれやれ… - Apeman’s diary

    ちょっと前に話題にした左側の「9.11陰謀論」の件。 kikulog 「憲法9条と911陰謀論、または安斎先生はどう考えておられるのだろう(追記あり5/2)」 good2nd 「9.11陰謀論はカンベンしてくださいよ」 正直なところきくちゆみ氏の知名度とか影響力がどの程度のものなのかよく分からない。ただ、もしこれを「きくち氏の陰謀論が“平和運動関係者”の狭いサークルを超えて漏れ出てきた」現象と考えることができるなら、逆にこれはチャンスとも言えるのではないだろうか。というかチャンスとして活かすべき。 陰謀論は単に誤った認識というより、誤った認識を体系的に生みだす解釈枠組みだ。しかもどんな証拠を提示されようがなかなか認識を改めずにすむという防衛装置付きの。だからこそ陰謀論にはまっている人の主張について、「特定の話題に関して間違った認識を持っているだけ」と高をくくるのはあやうい。とはいえ、批判す

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  • 「疑似科学と平和運動」について再び - Apeman’s diary

    前回書いたエントリはこちら。その後、以下のようなエントリを拝見して。 Demilog 「昨日のエントリについての補足」 モジモジ君の日記。みたいな。 「似非科学を似非科学的に批判すること」 まずは demian さんのエントリから。というより、そこで引用され検討の対象とされている、すでに書き換えられてしまったブクマコメントについて。「他人のライフスタイルや価値観にまで踏み込んで発言する時は慎重になるもの」なのに「ニセ科学」「トンデモ」といった旗印があれば、「そこに踏み込んだり侮辱したりする行為も許されてしまう」のか、という疑似科学批判への批判的なコメントである。しかしですね、demian さんが指摘されている疑似科学の「実害」の問題をとりあえず脇においたとしても、疑似科学と極めて親和的なニューエイジ的思考はそれ自身が「他人のライフスタイルや価値観」への批判であるわけです。で、ニューエイジに

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  • 『プライド』公開前後の報道 - Apeman’s diary

    映画『靖国』の上映をめぐる一連の報道に対して、『プライド 運命の瞬間』(伊藤俊也監督、1998年)がひきあいに出されるのをちょくちょく見かけるので、公開前後の動きを朝日新聞の報道で辿ってみる。引用文中の強調はすべて引用者によるもの。 「プライド」と「東条」をキーワードに検索して見つかるもっとも早い記事は1998年4月10日夕刊の「製作者側労組「シナリオ問題」と批判 東条英機描く映画「プライド」」という見出しのもの。 第二次大戦で日戦争責任を問われて絞首刑となった東条英機元首相が主役の映画「プライド 運命の瞬間」(伊藤俊也監督)が、五月の全国公開を前に、製作者側の労組から「シナリオに問題がありすぎる」と批判を浴びている。 (…) 映画は昨年十二月から三月にかけて東映の京都撮影所などで撮影され、五月二十三日から全国東映系で公開される予定。シナリオでは、南京事件について東条が「国家の意志とし

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  • そのコピペ、待った! - Apeman’s diary

    CLick for Anti War 最新メモ「害戦車による脅迫でドキュメンタリー映画『靖国』の上映が妨害されている件について」 政府がカネだしてることをみてもわかるように、 この映画の論調はニュートラル。それを「つくる会」系の 稲田みたいな大日帝国主義史観の狂信者議員が問題視し、 さらにプロ右翼が内容も見ずに害宣w 日の民度の低さを 全世界にアピール中だ。 試写を観たごく限られた人間以外は、予告編や監督インタビュー、試写を観た人間のレビューなどからこの映画について推測するしかできない段階で、まして「プロ右翼が内容も見ずに害宣」と批判するコピペのなかで「映画の論調はニュートラル」と決め打ちしてしまうのも大いにまずいのですが、それ以上に「ニュートラルだからいいのだ」「助成金を受ける映画はニュートラルでなければならない」という含意をもちかねないのは問題です。政府(尾山文化部長)でさえ国会で

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  • 文部科学省の御都合主義 - Apeman’s diary

    法華狼さんのエントリ「『発掘捏造』毎日新聞旧石器遺跡取材班著」より。大槻(達也)教科書課長のコメントがすごすぎる。 上高森遺跡の調査報告書は、発掘が始まった九三年以降、ねつ造の発覚までいっさい出ていなかった。文部省の大槻達也・教科書課長は「報告書が出て学術的に検証されるまで何も記述できないのか。大きく報道され世間に浸透しているという見方もできるのではないか。南京(大虐殺)などのケースと一緒にされても困る」と、検定制度が比較対象になることに当惑気味だった。 捏造がナショナル・プライドをくすぐる*1方向でなされたものでなければ「調査報告書」も出ていない知見が教科書に掲載されたとはとても思えないし、さらに言えば「大きく報道され世間に浸透」することもなかっただろう(この点で、マスメディアにも責任の一端はある)。教科書検定の政治性は必ずしも近現代史にのみみられるものではない、という事例として記憶にと

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  • また稲田か… - Apeman’s diary

    コメント欄でhimitsu04さんが触れておられるニュース。 靖国映画「事前試写を」 自民議員が要求、全議員対象に 2008年03月09日03時24分 靖国神社を題材にしたドキュメンタリー映画の国会議員向け試写会が、12日に開かれる。この映画は4月公開予定だが、内容を「反日的」と聞いた一部の自民党議員が、文化庁を通じて試写を求めた。配給会社側は「特定議員のみを対象にした不自然な試写には応じられない」として、全国会議員を対象とした異例の試写会を開くことを決めた。映画に政府出資の基金から助成金が出ていることが週刊誌報道などで問題視されており、試写を求めた議員は「一種の国政調査権で、上映を制限するつもりはない」と話している。 映画は、89年から日に在住する中国人監督、李纓(リ・イン)さんの「靖国 YASUKUNI」。4月12日から都内4館と大阪1館でのロードショー公開が決まっている。 李監督の

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  • 「悔恨」はどのように表現されるのか - Apeman’s diary

    ちょうど一ヶ月ほど前に放送された、Bill Guttentag 氏出演のラジオ番組でのやりとりで、ちょっと印象に残ったところがあった(14分45秒あたりから)。映画を観た司会者が、インタビュー対象の元日兵が「非常に気軽に casually」話しているようにみえた点が興味深かったと言い、彼らには悔恨 remorse があるのだろうか? と問うたのである。Guttentag 氏はこれに対してインタビュー対象者に後悔 regret の念が稀薄であったという自身の印象を語り、「人生の終りを迎えて深く後悔してインタビューを受ける」元兵士を予期していたのに意外であった、と告白している(彼自身は「悪の凡庸さ」の現われとして納得しようとしているようだ)。このような認識は外国人に特有のものではなく、以前に紹介したように野田正彰氏の『戦争と罪責』(岩波書店)の大きな柱の一つとなっている。だがその前提の一つと

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  • 「ありえない」論法と否定論存続の背景 - Apeman’s diary

    (1) 最初に、なにをもって「南京事件否定論」と呼んでいるのか、「歴史修正主義」と呼んでいるのかを再確認しておきましょう。南京事件否定論を巡る議論に馴染みのない方がこの数日おいでになっている可能性が高いので。 「否定論」「修正主義」と私が呼ぶ第一の基準は、犠牲者数推定の数ではありません(結果的には数がメルクマールになりますが)。犠牲者数推定を行なう手法、そしてなによりその目的が基準です。例えば秦郁彦の『南京事件』(中公新書)では、当時(1986年刊行)入手可能だった「日軍の公的記録を個別に割引せず、そのまま積みあげてみた」結果として、「捕らわれて殺害された中国兵の推計」を3万人としています。笠原説との違いは「捕われて殺害された」ケースに限定するかどうかによるところが大きく、捕虜の殺害についてあれこれ正当化し割り引くことはしていません*1。また民間人の犠牲についての中国側の主張に対しても次

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  • 「歴史主体」論争をふりかえって - Apeman’s diary

    鉄血勤皇隊については資料を読み込んでからまた改めて追記する予定だが、それとは別件で。 加藤典洋と高橋哲哉の間で行なわれたいわゆる「歴史主体論争」を契機に戦争責任、戦争犯罪、戦後補償問題に関心をもった、というひとは少なくないように思う。私にとっても、いくつかあるきっかけの一つになっているわけだが、当時から漠然と予感していてこの2年ばかりつくづく実感させられているのは、「自国の300万の死者を弔い“われわれ”を立ち上げることによってこそ、アジアの2000万の死を悼むことができる」という議論に反駁することは比較的容易でも、「責任=応答可能性」がこの社会で広く受容されること、即ちこの社会のマジョリティが犠牲者からの呼びかけに応えること(応えるようはたらきかけること)は非常に困難である…ということだ。なにしろ、長い沈黙ののちにようやく語り始めた犠牲者を(なんらの具体的な根拠もなしに、頭ごなしに)嘘つ

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  • 西本願寺と戦争責任 - Apeman’s diary

    11月18日「朝日新聞」夕刊(大阪)、「西願寺 戦争責任にけじめ」 全国約1万寺、門信徒約700万人。伝統仏教の最大教団、浄土真宗願寺派(山・西願寺、京都市下京区)が動いている。9月には、宗派の最高法規「宗制」を改正。戦争協力を促した前門主の「消息(文書)」を公式に失効させ、戦争責任に明確なけじめをつけた。宗門改革は進むのか。 同派の最高議決機関「宗会」が9月に大多数の賛成で改正した宗制は、宗門存立の根となる教義や理念を規定した、いわば憲法。1946年の規定以来、改正は初めてだ。消息は門主が自らの考えを述べた文書で、これまでは宗祖・親鸞の教えや聖教と同等の効力があると宗制に定められていた。しかし、消息の中には、第2次世界大戦中に故大谷光照・前門主が発した「一死君国に殉ぜんは義勇の極み」など戦争協力を促すものもあった。改正によって親鸞、事実上の教壇創始者の3代覚如、中興の祖である8

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  • 時野谷本と坪井流史料分類法 - Apeman’s diary

    先日から紹介している『家永教科書裁判と南京事件 文部省担当者は証言する』ですが、いやぁというのは買ってみるものですなぁ。なにに行き当たるかわかったものじゃない。 bat99さんが紹介しておられる江口圭一、『十五年戦争研究史論』での教科書検定にまつわるエピソード中、次のような記述がある。 編集担当者は、時野谷調査官が『沖縄県史』は体験談を集めたもので一級の資料ではない、書くならちゃんとした学者の研究書を使ってほしいといった趣旨のことを述べ、さらに「検定制度を取りちがえていませんか」といった旨を伝えてきた。 これについて、時野谷は次のようになっている。 またこの『沖縄戦記録』の内容について「一級の資料でない」といったことは事実である。但し文字で書けば一級の史〔←原文では一字傍点〕料としたろう。(…) (226ページ) このあと、文部省が82年度検定結果発表の際に添えたコメントが引用されてい

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  • そもそも教科書の記述はどう書き換えられたのか - Apeman’s diary

    承前。 個人的には、直接の介入と間接的な影響力の行使とか、氏が参照している歴史研究者の抗議内容のように直接的な命令や暴力による強制と実行を容易にしたりそのような行動を選好するように誘導することを区別しない思考というのは非常に法的ではないなあと思うわけであるが、もちろん法的だからえらいとか正しいとか言いたいわけではない。 強調は引用者。かの「かなり心の狭い学究」氏はそもそもどのような記述にどのような根拠でどのような検定意見がついたのかをご存知なのかどうかという問題。結果次第では「狭い」のは「心」だけではなかろうということになると思われる問題について。 沖縄タイムス 連載「『集団自決』」検定(2) 軍隊(4月28日朝刊総合1面) 「軍の姿」都合良く変更 教科書準拠では実相伝えられず 東京書籍の「日史A」の検定申請は、沖縄戦の犠牲者を十五万人余と説明、続けて「そのなかには、日軍がスパイ容疑

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  • 最強伝説おおや - Apeman’s diary

    on 「おおやにき on performativity」 「全体的な感想としてはElleさんと同じく反論・批判になっているのかどうかという点で首をかしげざるを得ない、という感じ」という点については、“ええそうでしょう、自分に対する「反論・批判」というのはきわめて限られた方角からしかやってこない、という前提をご自分とその支持者の間ではつくっておられますからなぁ”という感じ、なのだがこれについては後述。 まずは民主党の決議案をめぐる事実関係について。私が10月4日の報道を根拠として提示したのに対し、10月2日と9月30日の報道でもって対抗…というあたりでまあ結論は見えてるわけで。少なくとも「執筆時点で各党の最新の主張を確認するのをさぼりました」ってことくらいは素直に認めたらどうだろうね。 そして、私が問題にしているのはなによりも「安倍晋三の対NHK圧力疑惑の際のふるまいと今回のふるまいとの整合

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