夕ニャン 渡辺満里奈が、「深呼吸して」 を歌うときに、後ろから怪しい人影が・・
5月25日(水)、26日(木) 小沢健二 魔法的 Gターr ベasス Dラms キーeyズ. Zepp Tokyo 2012年の「東京の街が奏でる」以来、約4年ぶりとなる小沢健二のライブツアー。この間の小沢健二における最大のニュースごとといえば、長男・凜音くんの誕生であろう。今回は新曲をいくつか披露するという。それらの曲には父親となった小沢健二の新たな視点が加えられているのだろうか。そして、何が「魔法的」なのか。そのあたりに注目してみようと考えながら、「ゆりかもめ」に揺られて会場へと向かった。 1曲目は「昨日と今日」。照明は全て落とされ、ステージ上は幕がかかっていて何も見えない。時折、バックライトにより演者のシルエットが映る。アップテンポにアレンジされた曲に合わせ、息を継ぐ間もないような胸の高まりを覚える。いよいよ始まる。 2曲目。ステージ上の幕に「魔法的」のロゴが映し出され、幕が下り、演
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A Story of Three Years and Other Poems By (author) Williams, J
attacこうとうはATTAC Japan(首都圏)のローカルグループです。グローバルな問題を地域から、ローカルな問題を世界的に考え、行動するグループです。 オザケンこと小沢健二については、ほとんど知らない。東大出身ミュージシャンとか、「カローラⅡに乗って~♪」とか、指揮者の小澤征爾のおいっ子であるとか言われると「ああ、なんとなく」という程度だ。そっち方面にあまり関心がないので、知らなかったのだが、しかし90年代にはJ-POPのなかで一世を風靡したミュージシャンであるらしい。今日の国民投票保護法案反対集会で会った会員のKさんは「オザケン~? あのチャラチャラした感じが嫌だったんだよね」と。 うさぎ、といわれてぱっとイメージするのはセーラームーンくらいだが、じつはオザケンが「子どもと昔話」という雑誌に連載している童話のタイトルが「うさぎ!」なのだ。 そして「灰色」。「灰色」といわれてぱっとイ
1990年代、「渋谷系の王子様」として一世を風靡したオザケンこと小沢健二が、「アンチグローバリズム」を標榜するエコロジスト活動を行っているという。「カローラⅡにのって~買い物に出かけよう~♪」(「カローラⅡにのって」、95年)と歌っていた彼が、今では「車社会って本当に効率がいいのかな? ロバを飼う方が、本当の進んだテクノロジーじゃないのかな?」(日本社会臨床学会刊「社会臨床雑誌 第14巻第3号」掲載の論文「企業的な社会、セラピー的な社会」より)と、資本主義がもたらす自然破壊について警鐘を鳴らしているのだ。 「94年に『ラブリー』『愛し愛されて生きるのさ』などでブレイクした彼ですが、98年からは目立った活動もなくなり、世間的には消えた存在となっているのが現状です。05年10月に、父親であるドイツ文学者・小澤俊夫氏責任編集の季刊誌「子どもと昔話」で、小説『うさぎ!』の連載を開始、文筆家としてひ
先日、編集者のSくんと、吉祥寺中清で打ち合わせをした。 僕は、以前、博報堂が出していた真四角だった時代の『広告』という雑誌に感動したことがあるのだが、その特集に関わっていたのが、他ならぬSくんだった。 当時の『広告』というのは、広告代理店が、こんなの作っちゃって大丈夫なの??という過激な内容で、案の定数号で打ち止めになったわけだが、その志は、紙面の中だけでは決して終わることの無いものであると思う。 僕も色々やってきて、ここで一度原点に立ち戻って、もう一度立て直したいと思うようになった。 で、今回、彼が持ってきたのが、小沢健二の『うさぎ!』だ。 率直に言って衝撃を受けている。 オザケンがこんなもの書いていたなんて! 深い。しかも、分りやすい。 そうとう勉強していることが、端々から読み取ることが出来る。 僕も相当勉強しているが、オザケンも相当なものだ。 第一話は、ここで読めます。 彼が書いてい
ということが確認された何度目かの読了。昼食。 おうちにある本を読むよシリーズ。 福祉国家における政治理論 作者: ニクラス・ルーマン出版社/メーカー: 勁草書房発売日: 2007/07/20メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 1回この商品を含むブログ (35件) を見るやれやれ。いろいろ確認しないといけないよ。 ■読後の「印象」に基づくとりあえずのメモをお仕事のかたわらに。(暫定見解につきツッコミ無用) この本には「社会学的啓蒙」という語は(たぶん)一度も出てこないけど、でもやはりそのプロジェクトに指向したテクストなのであった。初期のころの話と──少なくとも表面上──異なるのは、議論が「反省理論」という土俵のうえで行なわれていること。 この点が「違う」と言えるのかどうかも、それ自体ちゃんと検討してみないといけないけど。(とりあえず初期のころには、「反省理論」という語を、限定された明
トヨタ専務「若者をもっと低賃金・長時間労働させたい」 Tweet カテゴリ☆☆☆ 1:名無しさん@涙目です。(愛媛県):2011/08/03(水) 16:19:17.78ID:O7PWeRqxP トヨタ自動車の伊地知隆彦取締役専務役員は2日、2011年度第1四半期決算会見で日本の六重苦について触れ、「今の労働行政では、若い人たちに充分に働いてもらうことができなくなっている」と述べた。 伊地知専務によると、ヒュンダイとトヨタの技術者を比べた場合、個人差はあるものの年間の労働時間が ヒュンダイのほうが1000時間も多いそうだ。ということは、10年で1万時間も違ってしまう勘定になる。 「私は若い人たちに時間を気にしないで働いてもらう制度を入れてもらえないと、日本のモノづくりは 10年後とんでもないことになるのではないかと思う」と伊地知専務は危惧する。 もちろん心身の健康が第一であるが、日本の技術
久々に再読、以前より難しいと思うのはなぜだろう。とりあえず、以下をメモ。たとえば、これをガーフィンケルが違背実験のためにどんな状況を作りださなければならなかったかという点(あれは、一種のダブル・バインド状況だと思う)と重ねてみたらどうなるだろう。違背実験を試みようにも、人はかんたんに構成的期待をつけかえてしまうことができるのであった。逆に、実験だとわかったあと、関係に決定的な亀裂が入ってしまったケースもあった。 というのも、不確実な予期の場合には、予期に反する事態が起こりうることが同時に予期されており、しかも、そのことで当の予期そのものが放棄されることはないからである。不確実な予期は、規範化され、ステレオタイプ化され、それゆえにさまざまなやり方で反駁にたいして免疫化されている。予期のなかには、予期の違背に関する説明が組み込まれており、その結果、個々のケースにおいて期待はずれが生じても、なん
Niklas Luhmann(ニクラス・ルーマン)というドイツの社会学者は、メモにとったアイデアや情報を十分に活かし、クオリティの高い本や学術論文を大量に発表したそうです。その背景には、ツェッテルカステンと呼ばれるメモ術が存在したのだとか。今回は、そのツェッテルカステンの基本的なやり方と、筆者が実践してわかったことを紹介します。 ツェッテルカステンというメモ術が、天才社会学者の大量アウトプットを支えた ツェッテルカステンの特徴は、脳の神経細胞によく似ていること すぐ始められる、ツェッテルカステンのやり方 ツェッテルカステンは勉強にも役立つ ツェッテルカステンをやってみた感想 ツェッテルカステンというメモ術が、天才社会学者の大量アウトプットを支えた ツェッテルカステン(Zettelkasten)とは、単一のアイデアや情報が書かれた個別のインデックスカード(標準サイズにカットされた紙)で、情報
両巨頭による isbn:4588009273、isbn:4588009281 の書評を通勤の友に。 合評会まで一週間をきりましたよ。 お申し込みは 大急ぎで:id:contractio:20110807 馬場靖雄 書評 図書新聞 2010.03.27 出口弘 書評 週刊図書人 2010.05.21 出口せんせい、ルーマンのシステム論には内部イメージがないって いうけど、これは(ルーマンに不利な意味で)違うよね。だって「環境構想」って内部イメージだもんなぁ。むしろ問題は、ルーマン自身が自分で「やる」と言っているのにやってないことのほう。つまり、 モデル理論との決別ができていないこと それと相即して、 表象主義を脱却できていない といったことの方にあるよね。 ■追記: ちょっと訂正。出口さんの、 システム理論といえばモデル理論のはずなのに、システム論を採用しながらモデルを拒否するルーマンてなん
ニューズウィークの電子版に、レジス・アルノー氏の「こんなに政治家がダメでも日本が機能している理由」というエッセーが出ています。内容は、日本の政治家は「アフリカの中流国家」ぐらいのレベルなのに、日本の都市は清潔で犯罪も少ない。大震災があっても人々が整然と行動するのはなぜか、という話です。 これは問題の立て方が逆です。日本の政治家がダメなのは、日本が機能しているからなのです。日本は主要国としては唯一、対外侵略を経験したことがなく、大規模な内戦も16世紀にあっただけの異例に平和な国でした。そのため共同体が安定していて知識水準が高く、近代以前には国家という暴力装置も政治家も必要としなかったのです。 私もかつて災害報道を何度も経験しましたが、公式の役割も命令もなしに、全員が徹夜で作業するエネルギーはすごいと思いました。こういうときは、プロデューサーは何もすることがなく、現場からの問い合わせに対して判
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