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  • 7月のナンバーワンアルバム①〜ローリング・ストーンズ/ポリスほか

    ★ダウンロード/ストリーミング時代の色彩別アルバムガイド 「TAP the COLOR」連載第269回〜COLORFUL〜 1990年代以降、ビルボードのアルバムチャートは売り上げに基づいた集計方法に変わった。さらにゼロ年代に入るとネット配信が普及してCDやアルバムが売れなくなった。その影響もあって現在のチャートはほぼ毎週のようにナンバーワンが入れ替わり、すぐにトップ10圏外へランクダウンしてしまう(その代わりに年に数枚だけビッグヒットが生まれる)。だが70〜80年代はナンバーワンになること自体が困難で、言い換えればそれらは「時代のサウンドトラック」として確かに機能していた。7月にはどんなアルバムがナンバーワンになったのだろう? あなたの好きな色は?〜TAP the COLORのバックナンバーはこちらから ポリス『Synchronicity』(1983) ポリスの5作目は彼らの最高傑作にし

    7月のナンバーワンアルバム①〜ローリング・ストーンズ/ポリスほか
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    wfwf 2018/07/06
  • ロックの殿堂入り2018〜ダイアー・ストレイツ/カーズほか

    ★ダウンロード/ストリーミング時代の色彩別アルバムガイド 「TAP the COLOR」連載第270回〜SILVER 〜 1986年から始まった「ロックの殿堂」(Rock and Roll Hall of Fame) は、デビュー25年以上のミュージシャンやバンドを対象としているが、2018年のセレモニーでは、ムーディ・ブルース、ダイアー・ストレイツ、カーズ、ボン・ジョヴィらが殿堂入りした。 あなたの好きな色は?〜TAP the COLORのバックナンバーはこちらから ダイアー・ストレイツ『Brothers in Arms』(1985) 1978年に「Sultans of Swing」でデビュー。次第にマーク・ノップラーのヴォーカルやギタープレイが注目され、ボブ・ディランとの仕事にも抜擢。85年には当時まだ新しいメディアだったMTVやミュージックビデオを揶揄した曲が逆に注目や話題となり、皮

    ロックの殿堂入り2018〜ダイアー・ストレイツ/カーズほか
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    wfwf 2018/07/06
  • サッチモがNYへ渡った1924年、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」が初演

    「TAP the CHART」120回は、1924年を取り上げます。 【1924年のTOP 10 HITS】 ❶It Ain’t Gonna Rain No Mo’ / Wendell Hall ❷California, Here I Come / Al Jolson ❸Memory Lane / Fred Waring ❹What’ll I Do? / Paul Whiteman ❺It Had to Be You / Isham Jones ❻Somebody Stole My Gal / Ted Weems ❼Somebody Loves Me / Paul Whiteman ❽Sleep / Fred Waring ❾Linger Awhile / Paul Whiteman ❿I Wonder What’s Become of Sally? / Al Jolson *参考/Joe

    サッチモがNYへ渡った1924年、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」が初演
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    wfwf 2018/07/06
  • 夜の人々〜ボウイとキーチの“愛の逃避行”を描く伝説のフィルム・ノワール

    『夜の人々』(They Live by Night/1948) 監督ニコラス・レイ──のちにヌーヴェル・ヴァーグの面々やヴィム・ヴェンダースといったヒップな映画作家たちから絶大なリスペクトを受け、ハンフリー・ボガート主演の『孤独な場所で』(In A Lonely Place/1950)、『大砂塵』(Johnny Guitar/1954)、ジェームズ・ディーン主演の『理由なき反抗』(Rebel Without a Cause/1955)など心に残る名作を遺した映画界の最重要人物の一人。 『夜の人々』(They Live by Night/1948)は、そんなニコラス・レイの初監督作だった。原作はエドワード・アンダーソンが1937年に発表した小説『Thieves Like Us』。若い恋人たちの逃避行を描いたこの作品は、1974年にロバート・アルトマン監督によってリメイクされ、『ボウイ&キーチ

    夜の人々〜ボウイとキーチの“愛の逃避行”を描く伝説のフィルム・ノワール
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    wfwf 2018/07/05
    ニコラス・レイ監督の伝説のデビュー作。
  • 平成はここから始まった!〜“バブル時代”の本当のサウンドトラックとは?(後編)

    流行都市TOKYOに鳴り響いたバブル80’sというパーティ(後編) バブル──今から想えば、それはとてつもなく華やかで眩しくて、余りにもワイルドで切なかったパーティのような時代。「平成の序章」とでもいうべきあの頃に戻ろうとする時、一体どんな歌が聴こえてくるのだろう? だが、カタログのように並べて振り返るだけでは、この時代の音楽は決して鳴り響いてくれない。大切なのは、都市部の街を舞台に心象を描いてきた若い世代の動向を捉えること。当時、人口的にもピークを迎えつつあった若者の視点に立つことによって、ポップカルチャーとしてのバブルの質が見えてくる。音楽が聴こえてくる。 日中が踊り狂った“バブル”。そしてそんな時代に刻まれたサウンドトラックとは? ポップカルチャー研究家でもある中野充浩が描き出す。 ──第3章 J-POPとミリオンセラーの量産 昭和と平成の境目、1989年。多くのメディアが「さよ

    平成はここから始まった!〜“バブル時代”の本当のサウンドトラックとは?(後編)
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    wfwf 2018/06/27
  • 恋しくて〜80年代の青春を魅了した“ジョン・ヒューズ学園映画”のラスト作

    『恋しくて』(Some Kind of Wonderful/1987) 1980年代の映画を語ろうとする時、ある時期の“学園映画”を見落としてはならないこと。そしてその頂点に君臨していたのが「ジョン・ヒューズの学園映画6」であったことは、『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』でも語った通り。 あれから30年以上が経ち、これまでもたくさんの学園映画が製作されてきた。だが「あの頃のヒューズ作品を超えた」という話を一度も聞いたことがない。それほど彼の映画には観る者を魅了する一貫したムードと世界観が息づいていた。そんなヒューズも1987年を最後に学園映画を撮らなくなり、2009年8月6日に59歳で亡くなった。 雑誌編集に携わりながらコメディ映画の脚家でもあったジョン・ヒューズが、初監督を担当した『すてきな片想い』(Sixteen Candles)でデビューしたのが1984年。16歳の女の子

    恋しくて〜80年代の青春を魅了した“ジョン・ヒューズ学園映画”のラスト作
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    wfwf 2018/06/27
  • 平成はここから始まった!〜“バブル時代”の本当のサウンドトラックとは?(前編)

    流行都市TOKYOに鳴り響いたバブル80’sというパーティ(前編) バブル──今から想えば、それはとてつもなく華やかで眩しくて、余りにもワイルドで切なかったパーティのような時代。「平成の序章」とでもいうべきあの頃に戻ろうとする時、一体どんな歌が聴こえてくるのだろう? だが、カタログのように並べて振り返るだけでは、この時代の音楽は決して鳴り響いてくれない。大切なのは、都市部の街を舞台に心象を描いてきた若い世代の動向を捉えること。当時、人口的にもピークを迎えつつあった若者の視点に立つことによって、ポップカルチャーとしてのバブルの質が見えてくる。音楽が聴こえてくる。 日中が踊り狂った“バブル”。そしてそんな時代に刻まれたサウンドトラックとは? ポップカルチャー研究家でもある中野充浩が描き出す。 ──第1章 歌い手から“聴き手”の時代へ 1980年代〜90年代の中でも特別な輝きを放っていた数年

    平成はここから始まった!〜“バブル時代”の本当のサウンドトラックとは?(前編)
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    wfwf 2018/06/26
  • ダーティハリー〜映画史に残る決め台詞を生んだクリント・イーストウッドの代表作

    『ダーティハリー』(Dirty Harry/1971) スティーヴ・マックィーンやポール・ニューマンと並ぶ1970年代の映画スターと言えば、クリント・イーストウッドの名を挙げる人は多いだろう。90歳近くになった今も精力的に映画製作に携わり、監督として、プロデューサーとして、そして俳優としても現役を貫き続ける映画人。リビング・レジェンド。 1930年にサンフランシスコで生まれたイーストウッドは、高校卒業後に木材工場で働いていたが、転機が訪れたのは20歳の時。入隊した陸軍で知り合った映画助監督の勧めで俳優の夢が芽生える。除隊後は大学で演技を学び、54年頃から数映画に端役で出演するも鳴かず飛ばず。オーディションにも落ちまくる。29歳の時にTVシリーズ『ローハイド』でようやく陽の目を見た。 だが番組の人気もやがて低迷。そこでアメリカからイタリアへ渡り、セルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』(

    ダーティハリー〜映画史に残る決め台詞を生んだクリント・イーストウッドの代表作
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    wfwf 2018/06/20
  • ゲッタウェイ〜前代未聞のアドリブで伝説になったスティーヴ・マックィーンの代表作

    『ゲッタウェイ』(The Getaway/1972) 1968年の主演作『ブリット』で、体制側である刑事役を演じたにも関わらず、“瞬間の演技”ともいうべき孤独感を貫き、やはり権力とは無縁のアウトローであり続けたスティーヴ・マックィーン。映画俳優として当の自信を得て、長年思い描いてきた“マックィーン像”を遂に完成させた。 その後、ウィリアム・フォークナー原作の『華麗なる週末』(1969)、自らのカーレースへの情熱が全編に渡って流れた『栄光のル・マン』(1970)、サム・ペキンパー監督の『ジュニア・ボナー』(1971)と、同時期の世界的ロックバンドのように年に1作のペースで順調にキャリアを重ねたマックィーンだったが、私生活では深い溝と直面していた。売れない頃から一緒だったニール・アダムスとの15年の結婚生活を終えたのだ。 心機一転した43歳のマックィーンは、シドニー・ポワチエやバーブラ・スト

    ゲッタウェイ〜前代未聞のアドリブで伝説になったスティーヴ・マックィーンの代表作
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    wfwf 2018/06/13
  • ブリット〜映画俳優として真の自信を得た“スティーヴ・マックィーン”の完成作

    『ブリット』(Bullitt/1968) もし「一番好きな映画スターは?」と訊かれたら、あなたは誰をベスト3に挙げるだろう。きっと多くの映画ファンがこの名を口にするかもしれない。1960〜70年代に掛けて映画スターの代名詞だったスティーヴ・マックィーン。「キング・オブ・クール」と称され、死後40年以上経った今も、名だたる俳優やミュージシャンからリスペクトされる銀幕の反逆児。 男は1980年に50歳で病に倒れて亡くなってしまった。80年代や90年代のスクリーンにマックィーンがいたならば、我々は映画に対して今以上にワクワクした気持ちでいたのだろうか。あの微笑み。あの一匹狼的な役柄。あの男を感じさせる色気。そして今にも画面から飛び出してきそうな迫力。生きていれば90歳……妄想せずにはいられない。 マックィーンの人生の序章が、恵まれなかった幼少時代や非行に走った思春期、海兵隊だったことは有名な話だ

    ブリット〜映画俳優として真の自信を得た“スティーヴ・マックィーン”の完成作
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    wfwf 2018/06/06
  • デュークがコットン・クラブに初登場した1927年、盲目のギタリストが歴史的録音

    「TAP the CHART」117回は、1927年を取り上げます。 【1927年のTOP 10 HITS】 ❶My Blue Heaven / Gene Austin ❷In a Little Spanish Town / Paul Whiteman ❸Charmaine! / Guy Lombardo ❹Some of These Days / Ted Lewis with Sophie Tucker ❺Two Black Crows(Parts1&2) / Moran&Mack ❻Me & My Shadow / Jack Smith ❼Ain’t She Sweet? / Ben Bernie ❽Russian Lullaby / Roger Wolfe Kahn ❾Ida! Sweet As Apple Cider / Red Nichols ❿To-night You Belo

    デュークがコットン・クラブに初登場した1927年、盲目のギタリストが歴史的録音
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    wfwf 2018/06/01
  • 5月に去ったレジェンド③〜ブルー・ミッチェル/ポール・デズモンドほか

    ★ダウンロード/ストリーミング時代の色彩別アルバムガイド 「TAP the COLOR」連載第261回〜BLUE〜 (5月に亡くなった主なミュージシャン) ロック/ポップ:フランク・シナトラ、ペリー・コモ、サミー・デイヴィス・ジュニア、ジーン・クラーク、キース・レルフ、ポール・バターフィールド、グレッグ・オールマン、グラハム・ボンド、ロビン・ギブ、イアン・カーティス、ロニー・ジェイムス・ディオ、アダム・ヤウク、クリス・コーネル カントリー/フォーク:エディ・アーノルド、キース・ホイットリー、エディ・ラビット ブルーズ/R&B/ソウル:サニー・ボーイ・ウィリアムソン、エルモア・ジェイムス、B.B.キング、ロイ・ブラウン、ジョニー・ギター・ワトソン、ドナ・サマー、ドナルド・ダック・ダン ジャズ:デューク・エリントン、コールマン・ホーキンス、ブルー・ミッチェル、ポール・デズモンド、チェット・ベイ

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    wfwf 2018/06/01
  • スティング〜スコット・ジョプリンのラグタイムを復活させた名作

    『スティング』(The Sting/1973) 当初は酷評されながらも名作となった『明日に向かって撃て!』(1969)から4年。ジョージ・ロイ・ヒル監督がポール・ニューマンとロバート・レッドフォードを主演に迎え、再び組んだのが『スティング』(The Sting/1973)。 説明するのも野暮なほどこちらも名作だが、大恐慌時代のシカゴを舞台に大仕掛けの詐欺を描いたこの物語は、演出も脚も美術も衣装も音楽もすべてが“完璧”で、今でも観る者に映画の楽しさを理屈抜きにプレゼントしてくれる超一級作品。 アカデミー賞7部門(作品/監督/脚/美術/編集/編曲/衣装)を受賞したのは当然のことながら、ロバート・ショウ、レイ・ウォルストン、チャールズ・ダーニング、アイリーン・ブレナンといった名バイプレイヤーの存在がこの作品の評価を高めたことを忘れてはならないだろう。 2人のスターも刺激を受けたに違いない。ニ

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    wfwf 2018/05/30
  • 【平成企画序文】バブル経済やネット文化を吸収した日本の音楽30年史

    平成(1989-2019)を駆け抜けた風景 2019年4月30日、31年続いた一つの時代が終わる。いや正確には、元号が新しくなるだけで劇的な変化は何も起こらないかもしれない。西暦で物事を見ることに慣れてしまっているせいもある。それでも来年5月以降、「平成」と呼ばれる日々はもう二度とやって来ない。 その始まりである平成元年は、1989年1月8日のことだった。無駄で派手な消費が賛美されたバブル経済真っ只中。ジャパンマネーが世界を牛耳り、制御不能でクレイジーな加速を続けていた。日経平均株価が最高値3万8915円を記録したのが同年末。80年代の終わりと平成最初の年に、あの狂乱のパーティはピークを迎えた。 それから30年という歳月が過ぎ去った。我々は様々な出来事や歴史的瞬間を目にしてきた。バブルはあっけなく弾け、リーマンショックに巻き込まれた。テロや震災の前で呆然となる一方で、団結した力強い復興に心

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    wfwf 2018/05/24
  • ハスラー〜35歳のポール・ニューマンが映画俳優として覚醒した名作

    『ハスラー』(The Hustler/1961) 最初はわざと負け、勝つにしてもギリギリ。相手には「運が良い奴」とだけ思わせる。それから相手を称賛したり、挑発したりして、賭け金を上げさせたところで領発揮。最後にすべてをかっさらう。これは騙しだ。心理戦だ。まんまとハスラーに仕組まれたのだ。 ハスラーは下調べにも余念がない。金になりそうなカモを探し出して順番をつけたり、その町に何ヶ月も住んで大物の探りを入れることもある。そしてたった1日で彼らから大金を奪っていく。顔が知れ始めたら潮時。静かに町を去るのが怪我をしないための唯一のルールだ。 『ハスラー』(The Hustler/1961)はビリヤードのプールゲームで稼ぎ歩く孤独な男の物語だった。それまでマーロン・ブランドやジェームズ・ディーンの亜流と評価の低かったポール・ニューマンの出世作として、あるいはトム・クルーズを加えた25年ぶりの続編『

    ハスラー〜35歳のポール・ニューマンが映画俳優として覚醒した名作
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    wfwf 2018/05/23
  • LIFE!/ライフ〜人生で遭遇する“あの瞬間”と偉大なるクレイジーな人たち

    Home TAP the SCENE LIFE!/ライフ〜人生で遭遇する“あの瞬間”と偉大なるクレイジーな人たち - TAP the POP 『LIFE!/ライフ』(THE SECRET LIFE OF WALTER MITTY/2013) 映画『LIFE!/ライフ』(THE SECRET LIFE OF WALTER MITTY/2013)は、2010年代に公開された映画の中でも極上の1であることは間違いない。実に味わい深くて、観る者を幸せで優しい気持ちにさせてくれる。 原作は1939年に書かれたジェイムズ・サーバーによるわずか12ページの短編で、1947年のハリウッド映画『虹を掴む男』のリメイクだが、監督・主演のベン・スティラーのフィルターを通して、まったく新しく見応えのある人間ドラマとなった。 いい映画というのは、その人にとって何度も観たいと思わせる強い力を持っている。そして観終わ

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    wfwf 2018/05/22
    2010年代の名作。いい映画です。
  • ブライト・ライツ、ビッグ・シティ〜午前6時、いま“君”のいる場所。

    『再会の街/ブライトライツ・ビッグシティ』(Bright Lights, Big City/1988) 君はそんな男ではない。夜明けのこんな時間に、こんな場所にいるような男ではない。 ──1984年夏。そんな一節で始まる新人作家の処女作がアメリカで出版された。長編小説のタイトルは『Bright Lights, Big City』。作家の名はジェイ・マキナニー。あのフェリーニの『甘い生活』やサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の現代版とも言える内容と、“君”という二人称で静かに描かれる喪失のシティライフ。 世代を代弁するスポークスマン的作家が長い間出現することのなかったニューヨークにとって、29歳のマキナニーとこの作品はたちまち一大センセーションを巻き起こし、書店では山積みされてベストセラーを記録。さらに翌年には、20歳の大学生ブレット・イーストン・エリスがロサンゼルスを舞台にした衝撃的な

    ブライト・ライツ、ビッグ・シティ〜午前6時、いま“君”のいる場所。
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    wfwf 2018/05/16
  • 5月のナンバーワンアルバム④〜ローリング・ストーンズ/ドゥービー・ブラザーズほか

    ★ダウンロード/ストリーミング時代の色彩別アルバムガイド 「TAP the COLOR」連載第259回〜MONOCHROME〜 1990年代以降、ビルボードのアルバムチャートは売り上げに基づいた集計方法に変わった。さらにゼロ年代に入るとネット配信が普及してCDやアルバムが売れなくなった。その影響もあって現在のチャートはほぼ毎週のようにナンバーワンが入れ替わり、すぐにトップ10圏外へランクダウンしてしまう(その代わりに年に数枚だけビッグヒットが生まれる)。だが70〜80年代はナンバーワンになること自体が困難で、言い換えればそれらは「時代のサウンドトラック」として確かに機能していた。5月にはどんなアルバムがナンバーワンになったのだろう? あなたの好きな色は?〜TAP the COLORのバックナンバーはこちらから ローリング・ストーンズ『Sticky Fingers』(1971) 1971年4

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    wfwf 2018/05/16
  • ティファニーで朝食を〜名曲「ムーン・リバー」を歌ったオードリー・ヘプバーン主演作

    『ティファニーで朝を』(Breakfast at Tiffany’s/1961) その印象的なタイトル、そしてオードリー・ヘプバーン主演作として知られ、映画ファンをはじめ今も多くの人々から愛され続ける『ティファニーで朝を』(Breakfast at Tiffany’s/1961)。 ヒロインのホリー役には当初セクシーで色気漂うマリリン・モンローという話もあったが、娼婦という設定に女優生命に傷がつくという理由で断られてしまう。そこで今度はオードリーにこの役がまわってくるのだが、彼女はモンローとは真逆の可愛らしく気品がある妖精のようなイメージ。 こちらも当然のように代理人からは難色を示されるが、1958年に発表されたトルーマン・カポーティの原作小説映画用にアレンジした独自のストーリーが魅力を放ったこともあり、結果的に30歳代に突入したオードリーのキャリアを磨くことに成功した。 この映画

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    wfwf 2018/05/09
  • エド・ウッド〜“史上最悪の監督”が撮った“史上最低の映画”が素晴らしい

    『エド・ウッド』(Ed Wood/1994) 長い映画の世界では「永遠の名作」や「最高傑作」と称される作品が時々生まれるが、一方で「観る価値もない駄作」「史上最低」と呼ばれるものも数多く作られてきた。大根役者、適当な物語、チープなセット、恐ろしいほどの低予算……B級どころじゃない。はっきり言ってそれ以下だ。 中でもエドワード・D・ウッド・ジュニア監督とそのSF怪奇映画は“有名”で、「史上最悪の監督」「史上最低の映画」の二冠に輝く。しかし、彼は自分の作った映画を傑作だと思い込んでいた。自分の作品に正直だった。そして何より映画を心から愛し、夢を追い続けた。そのあり方が素晴らしかった。 1924年10月、NY生まれ。30〜40年代にウエスタン、コミック、ラジオドラマに慣れ親しむ。第二次世界大戦で負傷して、旅芸人の一座に参加してLAに。製作・脚・演出を担当した演劇作品「のんきな中隊」は酷評される

    エド・ウッド〜“史上最悪の監督”が撮った“史上最低の映画”が素晴らしい
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    wfwf 2018/05/02