私は慶応で博士号をもらったので、一応、慶応のOBでもあるのだが、彼らの愛校心の強さは東大とは比較にならない。その理由は、やはり「福沢先生」の魅力だろう。慶応の掲示板では、教師のことを「**君」と書く。「先生」は福沢先生ひとりだからである。開国に直面して、列強・アジアとの関係や日本人のアイデンティティを論じた彼の思想は、現代にも通じるものがある。 ただ、福沢を信奉する人々のつまづきの石になるのが、晩年の「国権論」への傾斜である。特に彼の主宰した新聞『時事新報』は、日清戦争を積極的に支援し、中国や朝鮮を蔑視するような社説を掲げた。こうした晩年の福沢については、丸山眞男でさえ、列強のアジア支配に対抗し、中国革命と連帯するため対外膨張主義に傾斜した、と一定の理解を示しながらも批判している。 従来の研究では、『福沢諭吉全集』に収録されている『時事新報』の無署名の社説の「我輩」を福沢と解釈している