(講談社・1470円) ◇木下古栗(ふるくり)・著 ◇小説の不文律を蹂躙する「野放図」の快感 ロシアの劇作家チェーホフが説いた、拳銃の喩(たと)えというものがある。もし劇の第一幕で、壁に拳銃が掛かっていることが言及されたら、第二幕でその拳銃は発砲されなくてはならない、というのである。演劇の原理として語られたこの言葉は小説にも当てはまる。つまり、細部は作品の展開において何らかの必然性を持って配置されているのであり、無駄な要素を持ち込んではいけない、というわけだ。 この拳銃の喩えをもじって言うなら、木下古栗の小説は次のようになるだろうか。すなわち、第一幕で壁に掛かっていたはずの拳銃が、第二幕では舞台にいきなり乱入してきた全裸の男の手になぜか握られている。男は拳銃を乱射して、主役を演じていたはずの人物が本物の血の海に横たわる。これが現実なのか劇なのか、訳がわからずにとまどう観客に向かって、男は銃