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コラム別に読む : 新京都学派 知のフロンティアに挑んだ学者たち [著]柴山哲也 - 青木るえか | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト
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コラム別に読む : 新京都学派 知のフロンティアに挑んだ学者たち [著]柴山哲也 - 青木るえか | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト
■京都の学者の優位性 人として暮らしていれば、たとえ王様だってままならぬことはあり、そんな時に知性... ■京都の学者の優位性 人として暮らしていれば、たとえ王様だってままならぬことはあり、そんな時に知性があれば正しく生きることができるだろう。知性は良心と密接に関係している。良心とは結局のところ「他人の権利を尊重する」ことに尽きる。で、この良心をちゃんと意識する知的職業=学者が最近少ないんじゃないのか、と思うことが多くなってきた今日この頃、この本で京都の特異性というか優位性みたいなものを感じた。 桑原武夫をリーダーとして今西錦司、貝塚茂樹、上山春平、梅棹忠夫、梅原猛、鶴見俊輔などが集まった「新京都学派」と呼ばれるグループがあった。戦前に「京都学派」があり、これは西田幾多郎、田辺元、和辻哲郎ら「哲学者の学風」をもったグループだった。戦後にスタートした「新京都学派」は「京大人文科学研究所の学際的な学問スタイル」をもっていて、彼らが学者としてどのように日本の知の一端を担ったのかが書いてある。なにしろ