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制定過程をたどる:2 天皇制守った「象徴」 GHQ、戦争放棄と「セット」 | 毎日新聞
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制定過程をたどる:2 天皇制守った「象徴」 GHQ、戦争放棄と「セット」 | 毎日新聞
宮城前広場(現在の皇居前広場)での「日本国憲法公布記念祝賀都民大会」に集まった民衆に、宮廷馬車の... 宮城前広場(現在の皇居前広場)での「日本国憲法公布記念祝賀都民大会」に集まった民衆に、宮廷馬車の中から応える昭和天皇。隣は香淳皇后=1946年11月3日 1946年2月13日、東京・麻布の外相公邸。連合国軍総司令部(GHQ)のホイットニー民政局長は「日本案は全然受諾できない」と宣告し、タイプで打った21枚の用紙を差し出した。マッカーサー連合国軍最高司令官の指示で民政局が極秘に作ったGHQ案には、象徴天皇制という日本側の思いもよらない条文が盛り込まれていた。 前年10月に発足した政府の憲法問題調査委員会(委員長・松本烝治(じょうじ)国務相)は、天皇が統治権を総攬(そうらん)するという大日本帝国憲法(明治憲法)の基本原則を変えないことを前提に議論を進めていた。ぼうぜんとした表情を浮かべる吉田茂外相と松本に、ホイットニーはくぎを刺した。 「最高司令官は、天皇を戦犯として取り調べるべきだという他国

