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だからソ連は参戦を決めた…日本の情報は筒抜け、直接交渉でも失敗を重ねた大戦末期の政府の"救えない"面々
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だからソ連は参戦を決めた…日本の情報は筒抜け、直接交渉でも失敗を重ねた大戦末期の政府の"救えない"面々
太平洋戦争で日本の敗戦を決定的なものにしたのは1945年8月、ソヴィエト連邦の参戦、侵攻だった。歴史研... 太平洋戦争で日本の敗戦を決定的なものにしたのは1945年8月、ソヴィエト連邦の参戦、侵攻だった。歴史研究者の河西陽平さんは「当時の外務省はなんとしてでもロシアの参戦を阻止しようと考えたが、日ソ会談でも交渉に失敗してしまった」という――。 米英ソ三国の首脳によるヤルタ会談が開かれ、同盟国ドイツが降伏し、日本の敗色がいよいよ濃厚となった1945年、ソ連の対日参戦は参謀本部、関東軍の情報部のほか、モスクワの日本大使館員や駐在武官達のなかでも、その可能性はあると考えられていたが、その時期については議論が分かれており、一部には参戦はあり得ないとする声もあった。しかしながら、市井の日本人達のなかに、日ソ開戦は避けられないと感じていた人々も存在していたのだ。 もっとも、新聞やラジオといった報道機関が声高に主張する「日ソ友好」を白々しく感じる一般の日本人が大部分であったかといえば、けしてそうではなかったよ

