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孫正義の参謀が見た「日本ケータイ三国志」の真実
やはり、著者の経歴は“華麗”と書くしかないだろう。名古屋大学卒。松下政経塾を経て、1996年に衆議院議... やはり、著者の経歴は“華麗”と書くしかないだろう。名古屋大学卒。松下政経塾を経て、1996年に衆議院議員に初当選。以来、3期9年にわたって議席を維持し、この間、民主党では菅直人、鳩山由紀夫、岡田克也の代表補佐を務めた。しかし、あの05年の小泉郵政選挙で落選。当然、捲土重来を期すという選択肢もあっただろうが、ビジネスの世界へと転身する。 みずから選んだのが、ソフトバンクである。当時、グループ全体の売上高は約1兆円。民主党のシャドウキャビネット(次の内閣)では総務大臣に擬され、政界ではIT通として知られていた嶋氏は、国政での経験を、この世界で活かしてみようと考えたという。彼を迎えた孫正義社長が「一緒にやりましょう。嶋さんが来てくれたら万人力だ」と手を差し出したところから、社長室長3000日の物語がはじまった。 孫社長が総大将だとすれば、嶋氏に求められたのは軍師としての役割といっていい。その最初

