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本田宗一郎流 情熱の燃やし方「まずはやってみろ」
数々の修羅場をくぐり抜けてきた名経営者たち。自らの生き様を語った言葉から、これからの人生の指針を... 数々の修羅場をくぐり抜けてきた名経営者たち。自らの生き様を語った言葉から、これからの人生の指針を打ち立てるヒントを得る。 まずはやってみろ。やればできる 本田技研工業といえば、日本を代表する自動車メーカーの一つ。その本田技研を一代にして小さな町工場から「世界のホンダ」にまで育て上げたのが、創業者の本田宗一郎だ。 その本田に新人のときから叱られ続け、直接薫陶を受けたのが元常務の岩倉信弥である。多摩美術大学で工業デザインを専攻、「自動車のデザインをしたい」と考えて、1964年に本田技研に入社した。東京オリンピックが開催された年だった。 「著書を何冊も読んで、本田さんに興味を持っていた。当時、オートバイメーカーだったが、自動車の生産も始めると聞き、自分から“押しかけ入社”した。まだ社員数3000人程度の会社で知名度も低く、親戚じゅうから反対された」と岩倉はいう。

