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"安倍首相とご飯食べた自慢"する人の悲哀 進む「政治の記号化」にどう抗うか
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"安倍首相とご飯食べた自慢"する人の悲哀 進む「政治の記号化」にどう抗うか
昭和の終わりから平成の初期にかけての「ポストモダン」のブーム。それぞれが自分の好きなことをやれば... 昭和の終わりから平成の初期にかけての「ポストモダン」のブーム。それぞれが自分の好きなことをやればいいという当初の楽観は、いつしか実生活から乖離した「政治の記号化」を招いた。その結果、保守系団体は「安倍首相とご飯を食べた」という自慢に終始している。本当の保守とはなにか。政治学者・藤井達夫氏と近現代史研究者・辻田真佐憲氏の対談をお届けしよう――。 記号から離れるために 【辻田】昭和の晩期から平成の初期にかけて、「大きな物語の終焉」がよくいわれました。ポストモダンのブームが起こり、記号の戯れが肯定的に捉えられていた。「日本人は記号との戯れにもっともよく適応できるんだ」という風にいわれていましたよね。 【藤井】そういう明るい空気で平成は始まったはずでした。大きな物語は人々を拘束し、息苦しさを生み出します。それが終焉し、それぞれが自分の好きなことをやっていい。差異こそはすばらしい、と。 【辻田】記号

