エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
100万人を追い詰めたのに「ダンケルクの奇跡」を許したドイツ軍の事情 英仏軍の壊滅まであと一歩だった
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
100万人を追い詰めたのに「ダンケルクの奇跡」を許したドイツ軍の事情 英仏軍の壊滅まであと一歩だった
ナチス・ドイツに翻弄される連合国軍 5月15日、ムーズ川沿いのフランス軍戦線は崩壊した。フランス軍は... ナチス・ドイツに翻弄される連合国軍 5月15日、ムーズ川沿いのフランス軍戦線は崩壊した。フランス軍は、時々刻々と変化する戦況についていくことができず、ドイツ装甲師団を押しとどめられなかったのだ。 グデーリアンは、「自ら機動を続け、かつ敵にも流動的な状況を強いているかぎり、安定した戦線を築くことを妨害し得る」と発言したことがある。そのグデーリアンの言葉のままに、連合軍は翻弄されていた。 そうした連合軍の混乱を象徴しているのは、機甲部隊の運用だった。当時、フランス軍は味方戦線が突破された際に反撃に出るための兵力として、「機甲予備師団」4個を保有していた。 今こそ、この機甲予備師団を投入して、ドイツ装甲部隊に痛打を与える時機のはずであったが、結局のところ、これらは五月雨式の運用をされてしまったのである。 まず、5月14日、フランス第2軍は、予備の第21軍団に第3機甲予備師団を加えて、反撃に出よう

