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【江戸時代諸国奇談集】橘南谿の「東西遊記」の奇事異聞エピソードを紹介していく①|雑学と侍魂
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【江戸時代諸国奇談集】橘南谿の「東西遊記」の奇事異聞エピソードを紹介していく①|雑学と侍魂
江戸時代後期の京の儒医である橘南谿は、 江戸時代当時の日本の諸地方を旅行して、 現地で見聞した奇事... 江戸時代後期の京の儒医である橘南谿は、 江戸時代当時の日本の諸地方を旅行して、 現地で見聞した奇事異聞を基に編纂して 1780年代に「東西遊記」を出板しました。 妖怪の原型・始まりともいわれる、 今回はその中のいくつかのエピソードを紹介します、 少し読みやすくするため、 ある程度独自の解釈をして記載していきます。 鎌倉鎌倉は、東武通行の要所で、珍しくは無いが、 改めてこの土地で遊べば、昔のおもかげ、 山川別にしても、古代の仏閣神社などが、沢山残っていて、 懐古の情にたえない。 中略(当時の八幡宮・頼朝の塚の紹介など) しかしながら、江戸・京都のように大きな城下町があるわけでも無く、 45万石の大名の城下町ほどでは無いようにに思われる。 高山も無く、大河も無く要害の地とは言えない。 小さな山々が、四方に連なっていて平地はほとんど無い。 昔、鎌足公が、鹿島参拝の時、由比が浜に泊まった時に、 夜