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【和歌山市中之島】和歌山大空襲で本殿を守って燃え続けた銀杏跡が残る『志磨神社』 : 勝手に堺市広報大使
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【和歌山市中之島】和歌山大空襲で本殿を守って燃え続けた銀杏跡が残る『志磨神社』 : 勝手に堺市広報大使
勝手に堺市広報大使 旅行が趣味の筆者がこれまでに訪れた史跡や神社仏閣などを備忘録も兼ねて記録・紹介... 勝手に堺市広報大使 旅行が趣味の筆者がこれまでに訪れた史跡や神社仏閣などを備忘録も兼ねて記録・紹介しています。生まれ育った大阪府堺市や、応援大使をしている奈良県の明日香村の記事が中心ですが、他にも近畿・関東、アジアを中心とした海外旅行記なども載せていますので楽しんでいただけると幸いです♪ お問い合わせ プライバシーポリシー 個人情報保護方針 旅行が趣味の筆者がこれまでに訪れた史跡や神社仏閣などを備忘録も兼ねて記録・紹介しています。関西圏が多めですが、東京や海外旅行の記事もあります。 前回の続きで和歌山市内を散歩した時の話になります。東の宮恵比寿神社を後にして、紀伊中ノ島方面に歩いて行くと北大通りに志磨神社の鳥居を見つけたので中に入りました。 創建年は不詳とされていますが、延喜式名帳に名前を連ねる神社で、名神大社と社標に記されていました。紀の川三角州の島(川中島)に鎮座していることが社名の由

