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平安時代の貴族が自力救済社会に生きていたことが分かる『殴り合う貴族たち』
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平安時代の貴族が自力救済社会に生きていたことが分かる『殴り合う貴族たち』
ぼちぼち話題だった『殴り合う貴族たち』をぼちぼち拝読した。 賢人右府の二つ名を持つ藤原実資(さねす... ぼちぼち話題だった『殴り合う貴族たち』をぼちぼち拝読した。 賢人右府の二つ名を持つ藤原実資(さねすけ)さんの日記の記述などを元に藤原道長の頃の平安時代の貴族たちの乱暴狼藉を紹介する本で、貴族の名前が覚えられないので読み進まないことを除けば面白い。 日本史の教科書では平安時代の雰囲気が良く分からないのだが、政府設備だった羅城門跡の礎石を藤原道長さんがくすねたとか、強盗に服を奪われて放置された女官が凍死して犬の餌になってしまった(と言うことになった事件)などの逸話が補完してくれる。 本書は社会制度との関係を論じているわけではないのだが、天上人の振る舞いを咎めたり、貴族間の諍いを仲裁する社会制度が不備であることが、平安貴族のフリーダムさの大きな理由になっていることが分かる。藤原道長の息子の教通(のりみち)や頼宗(よりむね)はチンピラ(不善の者)を囲って乱暴狼藉をさせていた云々(pp.136–13

