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ジョン・レノンとポール・マッカートニー〜運命的な出会い、最強作曲コンビの誕生
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ジョン・レノンとポール・マッカートニー〜運命的な出会い、最強作曲コンビの誕生
「僕はクオリーメンというバンドを持っていた。僕がボーカルでリーダーだった。ポールに会ったとき、彼... 「僕はクオリーメンというバンドを持っていた。僕がボーカルでリーダーだった。ポールに会ったとき、彼をバンドに入れるか入れないか?迷ったんだ。ポールを入れて強力なバンドにする方がいいのか?僕一人で引っ張っていく方がいいのか?結論は“ポールを入れる”だった。僕一人でやっていくより、彼と組んで最強のバンドを目指そう!力を合わせよう!と思ったんだ。」(ジョン・レノン) ジョン・レノンの父親アルフレッド(当時26歳)は船で臨時に雇われていたウェイターだった。 アルフレッドがジョンの側にいたのは2年間だけで、彼は母子を置いて姿をくらましてしまった。 母親ジュリア(当時24歳)は別の男性を見つけ、ジョンは彼女の姉ミミに預けられて育った。 ジョンがティーンエイジャーになった頃、イギリスではロニー・ドネガンの「Rock Island Line」が大ヒットし、スキッフル・ブームが起っていた。 1956年、16歳

