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鹿島アントラーズと歩んだ20世紀CLASSIC戦記 – The Watch From 2nd floor サポーター戦記
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鹿島アントラーズと歩んだ20世紀CLASSIC戦記 – The Watch From 2nd floor サポーター戦記
トリコロールが鹿島と歩んだ20世紀をサポーターの記憶から辿る。 J1を舞台に、27年間、唯一続く宿命の一... トリコロールが鹿島と歩んだ20世紀をサポーターの記憶から辿る。 J1を舞台に、27年間、唯一続く宿命の一戦。いつしか、鹿島戦はCLASSICと呼ばれる特別な一戦になった。しかし、20世紀の鹿島戦は、今とは全く違っていた。名門のトリコロールに対して小さな町の新興クラブの鹿島という構図。それでいて、当時のカシマスタジアムを苦手としており悔しい思い出ばかりが蘇る。CLASSICはどのようにして始まったのか。リーグ戦に限定してサポーター戦記をここに残す。 1993年7月3日 Jリーグ1stステージ 第15節 長い芝生とスパイク事件 Jリーグ初代王者を賭けての1位と2位の直接対決。初めての鹿島遠征となった。この年の鹿島は、今考えてみると実に納得のいかない「海外のサッカー場は芝を守るために試合前にピッチで練習をさせない」という理由を持ち出し、アウエークラブを困らせていた。特に、カシマスタジアムは他のス