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社会はいつもウソくさい 松岡美樹 ソーシャルメディアが作る「ノイジー・マジョリティ」と7つの功罪
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社会はいつもウソくさい 松岡美樹 ソーシャルメディアが作る「ノイジー・マジョリティ」と7つの功罪
2000年代、サイレントからノイジーへのパラダイムシフトが起きた 良識と同意の扱いだったマスコミ式「... 2000年代、サイレントからノイジーへのパラダイムシフトが起きた 良識と同意の扱いだったマスコミ式「サイレント・マジョリティ」は死に絶えた。そしてかつてのサイレント・マジョリティは、ソーシャルメディアが生み出す「ノイジー・マジョリティ」にパラダイムシフトした。ノイジー・マジョリティは集合知を構成し、人々に代わって目利きする。だが同時にノイジーだけに功罪併せ持つ。結局、稟議書に判を押すのはあなたの感性なのだ。 インターネットが普及する前の旧型社会では、マスメディアや文化人、有名人などごく一部の階層が発言権と、社会に対するアクセス権を握っていた。そこでは名も無き人々は単なるその他大勢だった。だがだれもが参加できるソーシャルメディアが、名も無き人々を顕在化させた。彼らを存在たらしめた。 かつてサイレント・マジョリティという言葉があった。だが今や死語だ。彼らはすでにサイレントではなく発言権と