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[増田戦国史]18:増田の野望
増田家(八)の領土は史上最大となり、そして史上最大の危機にあった。 増田家(士)との戦争で本貫地を... 増田家(八)の領土は史上最大となり、そして史上最大の危機にあった。 増田家(士)との戦争で本貫地を荒らされ、一度は決戦に敗れ、極限までの動員を強いられた。 金食い虫である艦隊を増田島の南北両岸に整備してもいる。 旧増田(七)領に避難してきた「宮」への手当も必要だった。 なにより深刻なのは、かつての本拠地で継続している一揆の存在だ。 増田家(士)の横暴をうけて決起した彼らは独力で侵略者を追い払ったのだと過信し、 独立や自治の大幅な拡大を求めていた。 増田家は外敵から彼らを守る義務を一時放棄したわけで、しかたのない面はある。 だが、巨大な領主に戦功以上のものを認めるつもりは、さらさらなく、官僚たちにねばり強い交渉を継続させていた。 内憂に対して外患である増田家(四)も増河決戦後の無理が祟って活力を大幅に減じている。 それでも、増田島に一対一の存在になった事実は重く、早期の統一による平和を求める
2016/06/18 リンク