石になりかけたお墓

俺の実家の団地の、すぐ目の前は霊園だった。 悪趣味かもしれないけど、子供のころは散歩がてら墓に刻まれた名前や年齢を除くのが好きだった。 たくさんあるお墓の隅には石になりかけた、ななめった、古ぼけたお墓があった。 角が丸まった小さなものがほとんどで、大抵木の陰になる端っこにある。そのお墓が好きだった。 そこには名前も年齢も書いてないし、ようすからみて、その人をしのんでお墓参りする人も数十年、下手すると百年くらいいないんだろう。 そしてきっとこの先もずっと顧みられることはない。霊園はまだ土地のあきがあったから。 誰にも思い出されることのない一つの死がひっそりとある、そんなことを示してくれるその石になりかけたお墓が好きだった。 今日みたいな死にたい夜にいつもそのことを思い出す。

[novak777]

名もなく行旅死亡人として官報に記載されたために、後世でも記録だけは万人に参照されうる人のことを思う。いつか存在の記憶が忘れられていく人のほうが幸いなのかもしれない。

[msdbkm]

無縁仏みたいなものなのかしら。