エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
味気ない夕餉 - 何故死んでしまったの…祥一郎の生きた証
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
味気ない夕餉 - 何故死んでしまったの…祥一郎の生きた証
私は2015年12月28日、20数年共に暮らした伴侶である祥一郎を突然喪いました。このブログは彼の生きた証... 私は2015年12月28日、20数年共に暮らした伴侶である祥一郎を突然喪いました。このブログは彼の生きた証です。 昨夜、ちょっとした料理を作った。 コンビニに弁当を買いに行く気力もなく、出前のパンフレットを見ても食欲をそそるものもないので、 よく作っていた、玉子とトマトの中華風の炒め物と、大根の味噌汁。 祥一郎が居た時もたまに膳に出した料理だ。 ところがそれが、味覚がおかしくなったのではないかと思うくらい、不味いのだ。 いや、不味いというのは正確じゃないな。 食事をしているという感覚が希薄なのだ。それこそ砂を噛むような味というか、餌を食んでいるというか。 つくづく味覚というのは、環境に左右されるんだなと感じた。 二人で暮らしていた頃は、美味いの不味いの言いながら、たわいもない会話をしながら、それでも炊いたご飯を全部平らげ、そこそこ満腹になるまで二人とも食事を堪能していたのだということを改め