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「最高の名将は誰だったのか…」宮城谷昌光が『三国志』を縦横無尽に語りつくす特別講座 | 文春オンライン
「三国志のなかで、最高の名将は誰だったのか、いちばんの勇将は誰だったのかと考えるときがあります。... 「三国志のなかで、最高の名将は誰だったのか、いちばんの勇将は誰だったのかと考えるときがあります。『演義』は劉備が中心ですので、関羽や張飛だという人もいるでしょうが、史実をよく見ていくと、なぜかよく知られていない名将がたくさんいるんです」 宮城谷昌光さん その一人が、皇甫嵩(こうほすう)だ。数十万人の信徒を擁する宗教団体が一斉に蜂起した「黄巾の乱」を、ほぼ一人で鎮めた。 「そして皇帝の霊帝が亡くなった直後、董卓が朝廷を一気に制圧し、三国が分かれていくきっかけになりました。このとき皇甫嵩は、独立した勢力を持っていた陶謙から『一緒にやりませんか』と誘われたが、董卓の下に入った。その判断のまずさが、後に名将であることを知られない原因になったのです。歴史の転換期は難しいですね」 隠れた名将はまだいるが、伝記がないため、単行本化できるほどの分量にならない。 「だから、こういうときに話すくらい(笑)。た
2021/09/11 リンク