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権利のための闘争 / イェーリング - 誰が得するんだよこの書評
「権利のための闘争は権利者の自分自身に対する義務である。と同時に、権利のための闘争は国家共同体に... 「権利のための闘争は権利者の自分自身に対する義務である。と同時に、権利のための闘争は国家共同体に対する義務である」。 えーと、ちょっと何言ってるかわかんないです。権利ってことは「権利を行使しない自由」も含めて権利なんじゃないの? 権利を主張しなくてはいけない義務って観念できるの? ……そう考えていた時期が僕にもありました。 イェーリングは国家の領域侵害と、個人の権利侵害を同等に考えています。たとえばA国が国境線沿いの住民が一人も住んでいない不毛の土地・甲土地をB国に占領されたとします。A国にとっては経済的な損害は全くありません。しかし、A国はB国に土地の所有権を主張し、B国が立ち退かなかったら、武力行使するでしょう。それで兵士の血がどれだけ流れようと、戦費にどれだけ血税を費やそうと、闘うでしょう。 なぜか。舐められたら終わりだからです。自分の領土を気前よく占領させてくれるようなお人よし国家
2011/06/02 リンク