エントリーの編集
![loading...](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/common/loading@2x.gif)
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント1件
- 注目コメント
- 新着コメント
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
![アプリのスクリーンショット](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/entry/app-screenshot.png)
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
第23回―双六から見えてくる東京小学校事情 (1) | モノが語る明治教育維新(唐澤 るり子) | 三省堂 ことばのコラム
文明開化は、身の回りの景色や文物を急速に西洋風にしていきましたが、その一瞬を見事に切り取って錦絵... 文明開化は、身の回りの景色や文物を急速に西洋風にしていきましたが、その一瞬を見事に切り取って錦絵にしたものが開化絵です。この錦絵が描かれた明治10年前後の東京では、耳目を集めるような小学校の開校があいつぎ、報道マンの役目も担った当時の浮世絵師としての広重の血もさぞ騒いだことでしょう。振り出しの「師範学校」から上がりの「華族学校」まで、東京府内にある43もの小学校が、サイコロを振って出た目の数だけ進む回り双六(すごろく)の形を借りて紹介されています。 「東京」と題目にはありますが、当時の行政区画は「大区小区制」と呼ばれるもので、現在の23区にあたる範囲が11大区103小区(各大区がそれぞれいくつかの小区に分けられている)に編成されていました。錦絵で紹介されている学校は、その中でも皇居に近い第1大区から第6大区までの、今の千代田区(9校)、中央区(10校)、港区(5校)、台東区(4校)、江東区
2018/05/09 リンク