エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
譲位と院政が天皇家を維持してきた?(本郷 恵子)
天皇の譲位が当たり前だった時代 平成の天皇の退位、新天皇の即位、令和への改元と、御代替わりをめぐる... 天皇の譲位が当たり前だった時代 平成の天皇の退位、新天皇の即位、令和への改元と、御代替わりをめぐるイベントが続き、天皇についての議論・天皇に対する関心が高まっている。126代の歴史の中で、天皇が生前に位を退いたのは59例と半分近くになる。 この行為は前近代においては「譲位」と呼ばれた。その手続きは、天皇の命令である「宣命」を発して、現天皇が新しい天皇を指名し、位を譲る意を示すというものだ。 政治的な事情で、宣命の内容と天皇の意向とがかみあっていない場合もあったにせよ、代替わりには前天皇の意志が働き、それを受けて新天皇が位を継承した。 前任者からの譲りという条件は、天皇の権威が危ういときほど、重要と考えられた。最も顕著なのは、14世紀の南北朝の動乱の時代である。後醍醐天皇の独善的な構想による建武新政が、足利尊氏によって覆されて以来、皇統は2つに分かれた。吉野に逃れた後醍醐の南朝と、室町幕府に