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童謡「赤い靴をはいた女の子」は,実在の少女だったという事はご存知ですか?
この歌詞に登場する女の子の名は「きみ」ちゃん。実在の女の子です。 明治35年7月15日、現在の静岡... この歌詞に登場する女の子の名は「きみ」ちゃん。実在の女の子です。 明治35年7月15日、現在の静岡県清水市で生まれました。 母の名は「岩崎かよ」未婚の母でした。父親の名を明かせない私生児ということから世間の風当たりは厳しく、娘ともども開拓団として北海道の函館へ、たどり着いたのです。 母「かよ」は函館で出会った鈴木志郎と、留寿都村への入植を決意しました。当時「きみ」ちゃんは3才。しかし、明治時代の北海道開拓は、命がけで、幼い子供を連れて行くことなど考えられませんでした。 そこで「かよ」は、当時函館の教会で宣教の働きをしていたアメリカ人宣教師・ヒュエット夫妻の養女として託すことにしました。 しかし、ヒュエット夫妻が帰国する事になった時、「きみ」ちゃんは当時不治の病とされていた結核に侵されてしまいます。結核を発病した彼女は、船旅ができずやむなく麻布十番の鳥居坂教会の孤児院(永坂教会孤児院・現在の
2015/07/17 リンク