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水玉消防団ヒストリー第10回 1980年 神奈川大学、京大西部講堂|K&Bパブリッシャーズ
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水玉消防団ヒストリー第10回 1980年 神奈川大学、京大西部講堂|K&Bパブリッシャーズ
取材・文◎吉岡洋美 協力◎モモヨ、地引雄一 78年秋にバンド結成して3か月足らずで初ライヴ、翌年の野外フ... 取材・文◎吉岡洋美 協力◎モモヨ、地引雄一 78年秋にバンド結成して3か月足らずで初ライヴ、翌年の野外フェス出演を経て、80年の年明けにライヴハウスデビュー。ここまでほぼ1年半にも満たないスピードで展開してきた水玉消防団。さらに初ライヴハウスでパンクシーンに足を踏み入れたこの80年は、カムラが言ったように「1年が10年ぐらいに思える」ほど、バンドのスピードとパワーは加速していく。 天鼓「ライヴハウスにも出ることが多くなると、音がどう出るのかライヴのやり方も段々分かってきて現場に慣れていったし、この1年はバンドとして曲を本当に真剣に作るようになった」 JORAでセッションのようにそれぞれが思い思いに音を出しながらオリジナル曲を作るようになったのは前述したが、それにしても「曲の作り方なんか分からなかった」(カムラ)どころか、バンドもロックにもほとんど縁のなかった女性たちが1年数ヶ月で「ジークフ