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真に「教養がある」とは何か|最所あさみ|note
最近ずっと考え続けていたことのひとつに、『アート礼賛主義への違和感』がある。 これからはロジックで... 最近ずっと考え続けていたことのひとつに、『アート礼賛主義への違和感』がある。 これからはロジックではなくアートの時代であり、名経営者はみなアートに関心を持っている、だからビジネスパーソンはアートを学ぶべきだ!という論調への、なんとも形容しがたいうっすらとした違和感。 振り返ってみれば、ここ2、3ヶ月の間に私が書いたnoteのほとんどは、根底にその課題意識があったような気がしている(これとかこれとかこれとか)。 あれこれ言葉を変えながらこの問いに取り組んできたのだけど、ようやくわかったのは、現在巷で言われる『アートを学ぶ』ことの目的が、結局『自分の私利私欲を満たすため』でしかないということが、違和感の正体だったということ。 私はいわゆる絵画や彫刻といった『アート』に関しては完全なる素人だけれども、例えば文学という芸術において『明確な目的を持って純文学を読む』というのは大きな矛盾を孕んでいると
2018/12/26 リンク