エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
儀志布島に琉球王朝の伝承 屋形跡、敗走の王避難か - 琉球新報デジタル
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
儀志布島に琉球王朝の伝承 屋形跡、敗走の王避難か - 琉球新報デジタル
渡嘉敷村儀志布島の琉球王朝時代屋形跡「ヤフンチャーギ」の骨組みと案内者の新里武光さん=14日 【渡... 渡嘉敷村儀志布島の琉球王朝時代屋形跡「ヤフンチャーギ」の骨組みと案内者の新里武光さん=14日 【渡嘉敷】渡嘉敷島の最北端から北東に約200メートル離れた無人島「儀志布(ぎしっぷ)島」(面積約0・50平方キロメートル、標高113メートル)の中央付近の海岸近くに「ウチシル」と呼ばれる洞穴がある。琉球王朝時代に「ヤフンチャーギ」(イヌマキの最上の用材)という木で造られた屋形があり、屋根部分の骨組みが現在も残っている。 案内してくれた渡嘉敷の新里武光さん(81)によると、洞穴には1940年ごろまでは多数の遺骨があったという。伝承によると、そこにまつられているのは、どこかの王様か按司で、戦から避難して儀志布島で亡くなったという。按司たちを「ウチシル」の岩屋にまつったのは、この時島にやってきた家来たちではないかと伝えられている。 また、近くの岩場の雑木林には当時の物とみられる琉球瓦の残骸もある。渡嘉敷