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「今も続く植民地主義」 研究者、自己決定権回復訴え 琉球処分から140年 - 琉球新報デジタル
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「今も続く植民地主義」 研究者、自己決定権回復訴え 琉球処分から140年 - 琉球新報デジタル
首里城の正門「歓会門」前に並ぶ明治政府軍の兵士。熊本県から派遣され「熊本鎮台兵」と呼ばれていた(... 首里城の正門「歓会門」前に並ぶ明治政府軍の兵士。熊本県から派遣され「熊本鎮台兵」と呼ばれていた(日本カメラ博物館所蔵) 1879年に琉球王国が滅亡してから、27日で140年。松田道之琉球処分官が、熊本鎮台兵(日本軍)や武装警官ら約600人を連れて首里城へ入り、琉球国王・尚泰に廃藩置県の通達を突き付けた。日本政府の武力を背景にした琉球併合(琉球処分)で首里城は明け渡され、沖縄県が設置された。沖縄の自己決定権や米軍基地問題について発信している人々は「辺野古新基地建設に通じる」「日本の植民地主義は140年前から続いている」などと訴えている。 基地問題を独自の動画で全国に発信しているユーチューバーの多嘉山侑三さん(34)は「政府の都合で沖縄を利用し、人々をないがしろにしている点で現在の辺野古新基地建設と通じている」と指摘する。 国会で照屋寛徳衆院議員が併合以前の琉球の政治的地位を質問した際、政府が