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「捕虜をお灸で治療したら戦犯にされた」も都市伝説 - 読む・考える・書く
戦後のBC級戦犯裁判に関して日本人の間に広く流布している物語が二つある。 一つは、「栄養不良に苦しむ... 戦後のBC級戦犯裁判に関して日本人の間に広く流布している物語が二つある。 一つは、「栄養不良に苦しむ捕虜に親切心からゴボウを食べさせてあげたのに、木の根を食わせた虐待だとして戦犯にされた」というもので、1958年のTVドラマ『私は貝になりたい』(翌年には映画化もされた)がこのデマの拡散に大きな役割を果たした。 もう一つは、「医薬品が乏しい中、捕虜に治療として灸を施したのに、やけどを負わせた虐待だとして戦犯にされた」というものだ。 こちらは果たしてどの程度事実を反映しているのか、実際の戦犯裁判の過程を見てみよう。 灸が問題にされたのは、捕虜を労働力として利用することを目的に日本鋼管川崎工場内に設置されていた東京俘虜収容所第五分所で発生した捕虜虐待事件でのことだ。この事件では、分所長だった石毛通治中尉と、警備員だった軍属2名が戦犯として裁かれている。 石毛について、判決(重労働35年)で有罪の
2020/08/11 リンク