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伝説となった紅白歌合戦の「夜へ急ぐ人」~ちあきなおみとジャニス・ジョプリンの狂気|TAP the LIVE|TAP the POP
まったく面識もなければ縁もなかったちあきなおみから、友川カズキが楽曲を依頼されたのは突然のことだ... まったく面識もなければ縁もなかったちあきなおみから、友川カズキが楽曲を依頼されたのは突然のことだった。 それが1977年のことで、友川はそのとき大阪にいた。 「ちあきさん、その頃ステージでジャニスの曲も歌ってたのよ。 だから、曲は意外とあっさり作れたの。 ジャニスに曲書いてるような気分だったからね」 (『友川カズキ独白録 生きてるって言ってみろ』より) ちあきなおみはジャジーなポップスを歌うシンガーとして「雨にぬれた慕情」で1969年にデビューしたが、「四つのお願い」がヒットした翌年に早くもNHK紅白歌合戦への出場を果たしている。 1972年には「喝采」がレコード大賞に輝き、「劇場」「夜間飛行」といったヒット曲が続いて、紅白の常連になった。 しかし1975年に27歳になったちあきなおみは意を決して、13歳の時から15年間も所属した三芳プロを離れた。 それを境にして、音楽活動における表現の幅
2015/12/29 リンク