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戦争画だけではない、情緒と沈黙の画家。「小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌」展レポート
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戦争画だけではない、情緒と沈黙の画家。「小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌」展レポート
闇に横たわる将校の遺体と、仲間の名前が寄せ書きされた日の丸。一度見たら忘れられない強烈な印象を残... 闇に横たわる将校の遺体と、仲間の名前が寄せ書きされた日の丸。一度見たら忘れられない強烈な印象を残す戦争画《國之楯》(1944)は日本画家、小早川秋聲(こばやかわ・しゅうせい)の代表作として広く知られている。しかし、秋聲は戦争画だけではないじつに多彩な画業を築いたことを知っているだろうか。 初期の歴史画から初公開の戦争画、晩年の仏画まで、約100点の作品で秋聲の画業を見渡す初の大規模な回顧展「小早川秋聲 旅する画家の鎮魂歌(レクイエム)」が10月10日、東京ステーションギャラリーでスタートした。 会場風景より、《譽之的》(1944) 秋聲は1885年、鳥取の光徳寺住職の長男として生まれた。9歳で京都の東本願寺の僧籍に入るが、幼少期から絵を好み、画家を志し、谷口香嶠や山元春挙に師事。文展や帝展への出品を重ねながらヨーロッパやアジアにも遊学するなど、多くの研鑽を積んだ。従軍画家として度々中国など