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【被災地を駆けた無名戦士たち】北海道白老町 1000食分の焼き鮭も提供、仙台市とは江戸時代以来150年の交流+(1/3ページ) - MSN産経ニュース
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【被災地を駆けた無名戦士たち】北海道白老町 1000食分の焼き鮭も提供、仙台市とは江戸時代以来150年の交流+(1/3ページ) - MSN産経ニュース
苫小牧の西、太平洋に面した北海道白老町(しらおいちょう)は、黒毛和牛の白老牛や虎杖浜(こじょうは... 苫小牧の西、太平洋に面した北海道白老町(しらおいちょう)は、黒毛和牛の白老牛や虎杖浜(こじょうはま)タラコなどで知られる農業と漁業の町だ。町内にはアイヌの集落、ポロトコタンがあり、豊かな文化と歴史に彩られた町でもある。ここの町職員6人と民間社員2人が東日本大震災で被災した仙台市に派遣されたのは、地震発生から4日後の3月15日朝のことだった。 「仮設トイレの設置と給水車での支援活動を行いました。函館から青森までフェリーを使い、白老から18時間かかりましたね」と第1次派遣隊の責任者、消防管理課長の越前寿さん(51)は振り返る。 白老町がいち早く仙台市に職員を派遣したのは姉妹都市という関係からだ。その結びつきは江戸末期までさかのぼる。東北の各藩は幕府から北方警備を命じられ、白老から襟裳岬(えりもみさき)、択捉島(えとろふとう)までをあてがわれた仙台藩は、白老に元陣屋を置いた。先住民のアイヌの人々