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太田昌国のコラム : ロシア軍のウクライナ侵攻と百年前のゴーリキーの言葉
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太田昌国のコラム : ロシア軍のウクライナ侵攻と百年前のゴーリキーの言葉
2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻して以降、ロシア内部からの声をたくさん聞きたいと思ってきた。だ... 2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻して以降、ロシア内部からの声をたくさん聞きたいと思ってきた。だが、同時代の人びとの声が届く以前にまず私が思い起こしたのは、ちょうど百年前に発せられた、ひとりのロシア人作家の声だった。 「残忍さ――これこそ、終生私を唖然とさせ苦しめてきたものだ。人間の残忍さのルーツはどこにあり、何からできているのか? 私はこれについて考えたが何一つ理解できなかったし、今なお理解できないでいる。いま、ヨーロッパ戦争という恐るべき狂気の沙汰と、革命の血なまぐさい出来事を経たのちにも、私はロシア人の残忍さがついに変化を遂げたようには見えないことを認めざるを得ない。(…)私がここで問題にしているのはただ一つ、苦痛に基づいた集団的な気晴らしのことだけである。最も残忍なのは誰か? 白軍か、赤軍か? 双方ともおそらく同じ程度に残忍であろう。というのは、両者ともロシア人だからだ。それに