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石原吉郎に関するfunaki_naotoのブックマーク (23)

  • 石原吉郎のヒロシマ批判 - 梶ピエールのブログ

    少し前に、田島正樹先生が、ブログの中でやや唐突に石原吉郎について語っていた。この詩人の名は、僕にとっても最近の靖国問題についての議論の盛り上がりの中で、非常に気になる存在だったが、あいにく手元に一冊もその著作がなかった。というわけでようやく研究が一段落した折に、とりあえず手に入りやすい現代詩文庫『続・石原吉郎詩集』ISBN:4783708878 を注文してその作品を読み返してみた。 個々の詩について感慨深いものがいくつもあったのだけど、ここで取り上げたいのはそこに収められていた「アイヒマンの告発」という短いエッセイのことだ。 現代詩文庫の古いほうのバージョンは読んでいたのだが、このエッセイについては読んだ記憶がなかった(増補版ということだから後で付け加えられたのかもしれない)。このテキストの中で石原は、当時国内の左翼運動の象徴としての意味が強かった広島の平和運動への違和感を次の二つの視点か

    石原吉郎のヒロシマ批判 - 梶ピエールのブログ
  • 石原吉郎について - heuristic ways

    少し前に、私が愛読しているブログ「さとすけのどら見聞録」で、戦後シベリア抑留体験をした詩人・石原吉郎のことが取り上げられていた(2012-08-18「誰も知らない戦後を生きた人〜石原吉郎『望郷と海』」)。 私が石原吉郎のことを知ったのは、山城むつみ氏の評論『転形期と思考』(1999年)によってで、「ペシミストの勇気について」というエッセイの内容はそこで知った。その後、石原吉郎(1915−77)が戦争中は関東軍情報部に所属していたことや、特に晩年は酒癖が悪く、奇行も多かったことなどを知り、そのあたりの事情を知りたいと思いながら、これまでちゃんと読む機会を見出せずにきた。*1 とりあえず図書館で以前から気になっていた多田茂治『石原吉郎「昭和」の旅』(2000年)というを借りてきて、読んでみた。著者は「新聞記者、週刊誌編集者を経て現在文筆業」をしている人で、『内なるシベリヤ抑留体験』(199

  • ペシミストの勇気について

    [解題] 『日常への強制』(構造社、1970.12.)所収。 この書は、数編の随筆を加えて、『望郷と海』(筑摩書房、1972.12.)として出版され、衝撃をもって迎えられた。その中に、鹿野登美も含まれていた。このときの衝撃を、登美は次のように記している。 実は私は『望郷と海』を新聞の書評欄で初めて知った。そのころ私は勤務先の大変複雑な問題の渦中にあって、心身弱り果てていた。空しい思いで夜更けに新聞を広げていた私の目に、「望郷と海」という一文字が、続いて「石原」さらに「鹿野武一」が飛び込んできた。書評を読み終えた私は、衝撃のため立ち上がって部屋の中を歩き廻ったのを覚えている。 「どうしよう。何から始めたら良いのかしら」と独り言ちながら。”石原吉郎”の姓名は、はっきり記憶していた。ハルピンで、舞鶴で、また兄からの手紙の中で。しかしすでに十年近くも以前にH氏賞を受賞された詩人であられることも、そ

  • 『望郷と海』

  • 石原吉郎的リアリズム - The Power of Words: Kyoko Fukuda's Blog

  • 『石原吉郎詩文集』 石原吉郎著 : 書評 : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

  • 特集「戦後文学を読む」石原吉郎 - わたしが猫に蹴っとばされる理由

    「群像」9月号掲載。「さびしいと いま」「待つ」「泣いてわたる橋」という詩三篇と、エッセイ「ペシミストの勇気について」。前者は底なしの悲しみに沈み込みながらも、なぜか光が感じられる戦後詩の傑作。自暴自棄な希望というか、世捨て人の希望というか。 エッセイのほうは、ソヴィエトに抑留され強制労働をしていたころの体験談。鹿野武一という男性(彼も元日兵で抑留され強制労働に従事していた)が貫いていた厭世的・悲観的ながら反抗的で尊厳に満ちた行動について、細かに描かれている。 戦争、そして戦後という立場や価値観が完全に逆転してしまった特殊な状況を、石原は鹿野の行為を通じて「加害と被害の関係性と、そこからの逸脱」として捉えている。ちょっと長いのだが、引用。十分に現代性がある、というか、イヤでも2011年の日に当てはめて考えざるをえないような、スサマジイ普遍性を持った名文。優しさも偽善もない。あるのは意志

    特集「戦後文学を読む」石原吉郎 - わたしが猫に蹴っとばされる理由
  • 石原吉郎の絶筆と伝道の書:『群像』9月号特集「戦後文学を読む」に触れて - 風信2011

  • 石原吉郎『石原吉郎詩文集』 - chgardenの日記

    「詩の定義」の一節。 「ただ私には、私なりの答えがある。詩は、「書くまい」とする衝動なのだと。このいいかたは唐突であるかもしれない。だが、この衝動が私を駆って、詩におもむかせたことは事実である。詩における言葉はいわば沈黙を語るためのことば、「沈黙するための」ことばであるといっていい。もっとも耐えがたいものを語ろうとする衝動が、このような不幸な機能を、ことばに課したと考えることができる。いわば失語の一歩手前でふみとどまろうとする意志が、詩の全体をささえるのである。」(p.11) 著者のシベリア体験を綴った散文を読むと、上に語られていることが心底納得されると思います。石原吉郎詩文集 (講談社文芸文庫)作者: 石原吉郎,佐々木幹郎出版社/メーカー: 講談社発売日: 2005/06/10メディア: 文庫購入: 2人 この商品を含むブログ (24件) を見る

  • ことばに見放されるということ。 - kananaka's blog

    ことばを私たちがうばわれるのではなく、私たちがことばから見放されるのです。ことばの主体がすでにむなしいから、ことばの方で耐えきれずに、主体であるわたし達を見放すのです。 (『海を流れる河』"失語と沈黙のあいだ"より引用) そう日社会へ警鐘を鳴らしたのは、詩人石原吉郎(1915-1977年)である。彼は24歳で召集され、敗戦後ソ連のラーゲリ(強制収容所)にて抑留、その後スターリン死去による特赦で帰国を果たすまでの8年を、シベリア各地を転々と過ごした。懐かしい祖国の土を踏んだ時、石原はすでに38歳になっていた。 石原が身を投じた最北8年の歳月は、私の想像も及ばぬ世界である。しかし、彼が遺した散文からその苛酷さを想像することは可能だ。 十七のときに抑留され、ハバロフスクで二十二になったこの<少年>が、声をころして泣いているさまに、私は心を打たれた。泣く理由があって、彼が泣いているのではなかった

    ことばに見放されるということ。 - kananaka's blog
  • 石原吉郎詩文集 - 本と奇妙な煙

    石原吉郎詩文集 (講談社文芸文庫) 作者: 石原吉郎,佐々木幹郎出版社/メーカー: 講談社発売日: 2005/06/11メディア: 文庫購入: 5人 クリック: 26回この商品を含むブログ (30件) を見る敗戦、ソ連軍によって民間抑留者となった著者。収容所は料のみならず器も不足しており、二人で一つの器を使うことに。わずかな事を公平に分けるため色々な方法がとられた。交互に一匙ずつべる方式は、同じ大きさの匙がない、匙のすくい加減を互いに監視するのがわずらわしいとすたれた。同じ規格の空き缶を器にする方法は 粥が固めのばあいは、押しこみ方によって粥の密度にいくらでも差が出来る。したがって、分配のあいだじゅう、相手はまたたきもせずに、一方の手許を凝視していなければならない。さらに、豆類のスープなどの分配に到っては、それこそ大騒動で、まず水分だけを両方に分けて平均したのち、ひと匙ずつ豆を

    石原吉郎詩文集 - 本と奇妙な煙
  • 詩と歴史の部屋 石原吉郎ノオト

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  • 2009-08-11

    石原吉郎の詩でいくつか好きなのをあるひとに送ったらお返しに、サラ・ケインというひとの詩がかえってきました。素敵だったので、かきとめておく。まだ言葉にならないのでこの日々がじっくり醗酵して醸成してくれるまで、寝かせておく。 ・瞬間 ねむる おそらくは飢餓へ充実するために ゆえにねむる 憎みつつねむる ねむりつつひきもどす たえずめざめるためにそのためにねむるねむらねばならぬ 主体を喪失するために 喪失する主体をその瞬間にもつために その瞬間に(傍点)一挙にもつために瞬間の喪失のための瞬間の獲得わたしが恒等式そのものとなるとき はじめて私は眠りに墜ちる その瞬間を瞬間としてもつために 眠る ひとつの意志でねむる。 ・自転車に乗るクラリモンド 自転車にのるクラリモンドよ 目をつぶれ 自転車にのるクラリモンドの 肩にのる白い記憶よ 目をつぶれ クラリモンドの肩のうえの 記憶のなかのクラリモンドよ

    2009-08-11
  • 三井寺>連載>21世紀の図書館>詩人・石原吉郎(後編)

    ここ数年来、地元滋賀県にお住まいの詩人大野新さんの知遇を得、度々お会いする機会を頂いている。 それでいて、不明をはじるのだが、多田茂治『石原吉郎「昭和」の旅』を読むまで、 大野さんと石原吉郎との間にのっぴきならぬ交流があったことなどまったく知らなかった。 石原吉郎は、昭和三四年十月、大野さんの参画されている滋賀県の詩誌『鬼』の同人になった。 この時期、二人の出会いを決定的にしたのは、石原が自らの意志で自分の日記「ノート」と 「肉親へあてた手紙」を大野さんのもとに送り、 それを大野さん自らがタイプを打って同人誌『ノッポとチビ』三三号(昭和四二年九月)に公表されたことである。 この当時は、まだ石原の一連の散文エッセイも発表されておらず、おおきな衝撃を与えたという。 ここまで言わなければおさまらない石原という人間への何ともやるせない暗澹たる思いにさせる 「肉親へあてた手紙」、今日ではむしろ若ささ

  • 三井寺>連載>21世紀の図書館>詩人・石原吉郎(前編)

    石原吉郎は、大正四年(1915)生まれ。東京外語を卒業後、昭和十四年、二四歳の時に召集され、 陸軍露語教育隊高等科に送られた後にハルビンの関東軍特殊通信情報隊に配属された。 昭和二〇年のソ連参戦と日の敗戦によって関東軍は霧散してしまい、 十二月にソ連内務省に連行され、シベリアに抑留される。翌年一月にチタ到着。 梯団編成後、イルクーツク、ノボシビルスクを経てカザフ共和国を南下、アルマ・アタの収容所に収容される。 昭和二二年にはカラガンタ日軍捕虜収容所に移され、同二四年、 中央アジア軍管区軍法会議カラガンダ臨時法廷においてロシア共和国刑法五八条(反ソ行為)により起訴、 重労働二五年の判決を受ける。同年十月にバム鉄道(第二シベリア鉄道)を北上し、 沿線密林地帯のコロンナ三三収容所に到着、森林伐採などを行う。 昭和二五年の春にはコロンナ三〇に移動し、土木、鉄道工事、採石などの強制労働に従事する

  • 身を切るような批判 - 日々の営み

  • 究極のペシミスト・鹿野武一/『石原吉郎詩文集』〜「ペシミストの勇気について」 - 古本屋の覚え書き

    『「疑惑」は晴れようとも 松サリン事件の犯人とされた私』河野義行 『彩花へ 「生きる力」をありがとう』山下京子 『彩花へ、ふたたび あなたがいてくれるから』山下京子 『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル 『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』V・E・フランクル:霜山徳爾訳 『それでも人生にイエスと言う』V・E・フランクル 『アウシュヴィッツは終わらない あるイタリア人生存者の考察』プリーモ・レーヴィ 『イタリア抵抗運動の遺書 1943.9.8-1945.4.25』P・マルヴェッツィ、G・ピレッリ編 究極のペシミスト・鹿野武一 詩は、「書くまい」とする衝動なのだ ことばを回復して行く過程のなかに失語の体験がある 「棒をのんだ話 Vot tak!(そんなことだと思った)」 言葉を紡ぐ力 「もしもあなたが人間であるなら、私は人間ではない。もし私が人間であるなら、

    究極のペシミスト・鹿野武一/『石原吉郎詩文集』〜「ペシミストの勇気について」 - 古本屋の覚え書き
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  • メモ - Re:逃源郷 ver.2

    私たちの間の共生は、(中略)人間を憎みながら、なおこれと強引にかかわって行こうとする意志の定着化の過程である。(p94) 孤独とはけっして単独な状態ではない。孤独は、のがれがたく連帯のなかにはらまれている。そして、このような孤独にあえて立ち返る勇気をもたぬかぎり、いかなる連帯も出発しないのである。無傷な、よろこばしい連帯というものはこの世界には存在しない。(p95) 『ある<共生>の経験から』より もしあなたが人間であるなら、私は人間ではない。もし私が人間であるなら、あなたは人間ではない。(p111) <人間>はつねに加害者のなかから生まれる。被害者のなかからは生まれない。人間が自己を最終的に加害者として承認する場所は、人間が自己を人間として、ひとつの危機として認識しはじめる場所である。 私が無限に関心をもつのは、加害と被害の流動のなかで、確固たる加害を自己に発見して衝撃を受け、ただ一人集

    メモ - Re:逃源郷 ver.2
  • ペシミストの勇気について - 葉っぱのBlog「終わりある日常」

    マイミクのshohoujiさんが、鈴木謙介の「有料化する公共圏」のテキストを紹介していたので、読んでみました。「安全・安心」を「安全」/「安心」と仕分けして考えるのはその通りでしょう。ソーシャルセキュリティからセキュリティへと移行している、そのことに関して「公共空間の崩壊と新たな共同体主義」を含むテキスト、「生田武志のLASTDATE」も紹介してくれましたが、一貫して野宿者の視点から見据えようとした力作です。僕は読み進んでいる中に下のごとく石原吉郎が鹿野武一について書いた『ペシミストの勇気について』の原文が読みたくなって、図書館から三冊借りました。多田茂治著『石原吉郎「昭和」の旅』(作品社)、『石原吉郎詩集』(現代詩文庫)、『続・石原吉郎詩集』(現代詩文庫)です。 バム地帯のようた環境では、人は、ペシミストになる機会を最終的に奪われる。(人間が人間でありつづけるためには、周期的にペシミスト

    ペシミストの勇気について - 葉っぱのBlog「終わりある日常」