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2006年3月27日のブックマーク (24件)

  • pastoneskipping.com

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    funaki_naoto
    funaki_naoto 2006/03/27
    水切り
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    自己破産したのでと言い逃れしようとしても、納めなければいけない国民健康保険もしくは税金なんかは、免責を期待して […] 続きを読む

  • アジアンテイスト欧文フォント | FeZn/Bookmark

    はてなブックマークのFeZn/Sinfoniaのほうで3/15にクリップしていた話題。 dafont.comの Foreign look > Chinese, Jpn | dafont.com http://www.dafont.com/theme.php?cat=201 なるページには、(たぶん)ヨウロッパとかの人が考える「アジアンテイストな書体(ラテンアルファベット)」が並んでいて面白いのであります。 まあ「えー。」と思うのようなものとかも多いのは事実ですが、むしろその中にこそ面白さを見いだすのです僕などは。 ……僕が、というよりは実際のところ、これは現代に広く見られる心の動きなのではあるまいかと思います。特殊な楽しみ方、をするわけですね。←実はこの話題はBlockBlogに続く。 こういうのはウォッチ心というのに通じるのでしょうか。 ヨウロッパの方々は 亜細亜=木と竹の邦 だと思って

    アジアンテイスト欧文フォント | FeZn/Bookmark
  • http://japan.internet.com/busnews/20060327/3.html

  • linelabo.com - このウェブサイトは販売用です! - 組版 句読点 国語 書記史 自主規制 書評 前田 文字 リソースおよび情報

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  • Goho Shinan

    1999年度の演習で、学生たちと一緒に打ち込んだテキストを元にしています。金子が訂正しましたので、校正ミスの責任は金子にあります。 【書名】 語法指南(日文典摘録) (『言海』第一冊 明治22年(1889)5月15日出版) 【凡例】 文「漢字カタカナ交じり文」を、その体裁で入力してある。 初版の校正ミスと思われる箇所は架蔵版の文で記し、初版は【 】でくくって示した。 旧字体は、可能な限りその字体にした。 ユニコード番号で漢字を示したものは、ユニコード番号の直後に【 】でくくって標準的な漢字を注した。 変体仮名は使用しない。また、コトを示す鉤状の字や、トキ・ドモの合字も使用しない。 文の傍線(二重線)は無視した。(将来は、何らかの処理を考えたい) ルビは[ ](半角)で囲んでルビ体の後ろに付す。(左ルビは[/ ]とする。ほとんどの左ルビは、右傍線を避けたために左に移ったもの) テキ

  • 日本の文法教科書

    『日文典』の抄録版。上巻21丁、下巻25丁。「叙」に、刊行の由来を次のように述べる。 「余嚮に日文典を著し、吾が国の文法を論ず、中に就きて疑難ある者は、従ふて之を論弁す、その説未必しも疵瑕無くんばあらずと雖、幸に時人の棄つる所と為らず、以世に行はるヽ事を得、然れ共書中議論甚多く、之に加ふるに、例文概古書に由るを以、初学の徒、或は其の解し易からざるを憂ふる者あり、是を以今余特に其の煩なる者を棄て、其の簡なる者を収め、且今時郷校用ふる所の書類に就きて、其の例文を採り、務めて其の義をして、会得し易からしむ、書成る、分ちて二巻となし、之を名けて日小文典と云ふ、小学童生先此の書に由り、文法の大綱を領し、而後、其の細目を求めば、豈解し難きの文法あらんや、明治九年七月 中根淑識す」 音韻から文章までの内容を全33丁に納めたコンパクトな文典。「編纂の趣旨」に、「蓋し、在来の教科書は、その説述、周密

  • 國語學書目解題

    亀田次郎 はしがき 書は初學者のための國語學書目解題である。而して各分類は時代順に配列した。なほ分類に際し古來その區劃も明確ならず、且その内容も多岐に亘ってゐるものが多いので、その研究の主要な點に依って適宜これを配列した。附録として外人の研究を一括して掲載して置いた。紙數に制限があるので、最も主要なものだけに止め、また解題も平易簡明を旨として要を摘んで記述した。それゆゑいさゝか抽象的に陥った嫌がないでもないが事情止むを得ない。讀者はよろしく諒察あれ。 一 總説及び雜纂 國語学書目解題 一冊 赤堀又次郎著。明治三十五年刊。書は主として明治以前に著述された國語學關係の書を解題したもので、その書約六百四十部、明治に於けるものも三十部程入ってゐる。書名を五十音順に配列して内容を略示し卷數・著者・刊行年月。出版書肆等まで詳細に記入して居る。外に別名索引・分類目録・著者名目録・年表等が添へてある

    funaki_naoto
    funaki_naoto 2006/03/27
    本書は初學者のための國語學書目解題である。
  • http://www.lingua.tsukuba.ac.jp/myazawa/data/bunten/nakane.html

  • GENKAI hensan taii

  • コンポジションと作文指導 - 持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

    コンポジションと作文 森岡(1962)ではアメリカの言語教育において行われている「コンポジション」(composition)と日の作文教育を対比させている。コンポジションは古くはギリシアに端を発する修辞(rhetoric)からの発展であり、作文だけでなく言語の4技能、さらには思考を支えるものである。見方を変えれば言語教育の基礎を作文に置くというのがコンポジションであると言えよう。 森岡によると、コンポジションとは次のような要素から構成されている。 構想 主題/材料/構成 配置 段落 修辞 文/語/文法/文体/句読法/綴り/記載法 森岡はコンポジションのこうした要素は日の国語教育においても行われているものであると指摘している。しかし同時に指導の体系が確立していなかったり、重点の置き方に偏りがあったり、各事項が有機的に結びついていない可能性があることも認めている。 森岡が上記の指摘を行った

    コンポジションと作文指導 - 持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ
  • ライトノベル作法研究所 - 基本的な文章作法

    目次 文章の禁則 言葉の統一 「てにをは」の使い方 同じ音を重ねない !と?の使い方 二重表現に注意 「の」の連続をさける (笑)や顔文字などの記号は使わない 「……」を多用しない 改行を活用する あいまいな文章に気を付ける ノベルチェッカー(小説原稿の問題点チェックアプリ) 文章には守らなければならないルールがあります。 小説を書く場合、基的な文章作法が守れていないと、読者の信用を落としかねないので要注意です。 ここでは文章を書く上で役立つ、基的な文章作法をまとめてあります。

  • https://home.soka.ac.jp/~hkaneko/etxt/konihonbuntenreigen.txt

  • 正字正かな参考書

    正字正かなを之から勉強してみたいと云ふ人向けに、参考となる書籍を御紹介します。現在、比較的に入手し易いものに厳選してみました。以下の参考書が揃つてゐれば、正字や正かなの表記で迷つた時でも大概の事は解決します。 『私の國語教室』 福田恆存著、2002年、文春文庫(ISBN:4167258064) 「当用漢字」や「現代かなづかい」に対する批判の書です。現在の日語表記が如何にして作られたのかを知る事が出来ます。正仮名遣を修得したい人向けには、第三章「歴史的かなづかひ修得法」と、第四章「國語音韻の變化」と、第五章「國語音韻の特質」とを重点的に読まれる事をお薦めします。特に、古来仮名遣として問題とされて来た「ハ行転呼音」や「いゐ」「えゑ」「おを」の書分けや、「じぢ」「ずづ」の四つ仮名の書分け等について、語例を引いて叮嚀に解説してゐますので、正かなを勉強したい人には必読です。 又、「当用漢字」や「現

  • 2006-03-26

    ■聯合國文件廢繁體字? 2008改用簡體為唯一標準 【東森新聞報 大陸ニュースセンター/綜合報導】 http://tw.news.yahoo.com/060323/195/2ys65.html 世界的に中國語熱は高く、多くの外國人が中國/香港/臺灣の言語を學んでゐる。 しかし北京の消息筋によると、國際聯合が2008年以後にこれまで簡體字/繁體字が竝存してゐた情況を改める決定をしたことを根據として、中國語ではすべて簡體字が使用されるやうになるだらうと中國應用言語學會會長の陳章太が云つたことを傳へた。 東方日報/北京晨報の23日付報導によると次の通り。 中國の國務院(新聞/web)は《漢字の簡略化の方案》と《共通語の指示を廣めるに關して》を發表し、この後に教育部は著名な言語專門家を招待して共同討論を行つた。 この席上、中國應用言語學會會長で元の國家言語委員會副主任である陳章太は「2008年以降

    2006-03-26
  • IT Professionals

    メタソフト CTO 早川てつろう 最終回 「語りえぬこと」〜言語の限界〜とは この連載も,いよいよ最終回となった。最後に,「論考」の結びの言葉である「語りえぬものについては沈黙せざるをえない」と,プログラミング言語の関係について考えてみたい。 メタソフト CTO 早川てつろう 第11回 オブジェクトは現実世界の像だ 前回,オブジェクトと変数について話をした。今回は,このテーマを補足する意味で,ウィトゲンシュタインの「像」という概念について説明する。 メタソフト CTO 早川てつろう 第10回 オブジェクトは変数だ プログラムを作るには,どんなプログラムを作るかという設計図が必要だ。この設計図のことを通常,「詳細仕様書」や「プログラム仕様書」と呼ぶ。プログラマは,それらの仕様書に従ってプログラムを作る。 メタソフト CTO 早川てつろう 第9回 プログラミングと実行 プログラミング言語で書か

  • さらに人名のモンダイ - 漫棚通信ブログ版

    次は日人作家名のお話。 諸星大二郎がモロホシ・ダイジロウであることはすでに周知徹底しているのでしょう。1970年代の単行奥付からずっと変わらずモロホシであるぞと主張されていました。なんせ強力なライバル、モロボシ・ダンと諸星あたるがいましたからねー。これに対抗するのは大変だ。 手塚治虫にしてから、最初、小國民新聞で紹介された時は、テヅカ・ハルムシさんでした。ま、これをオサムと読ませるのはちょっと無理なのですが、そこはそれ、巨匠になれば大丈夫。 田河水泡の名は高見澤仲太郎。田河水泡をタカミザワと読ませたがっていましたが、だれもそうは読んでくれない。しょうがなくてタガワ・スイホウとなった、という話は有名です。 マンガ家でありかつ日アニメーション草創期のひとりであった下川凹天を、シモカワ・オウテンと読むかシモカワ・ヘコテンと読むか。これについては秋田孝宏によって『「コマ」から「フィルム」へ

    さらに人名のモンダイ - 漫棚通信ブログ版
  • 人名表記のモンダイ - 漫棚通信ブログ版

  • 2006-03-04

    現在両国の江戸東京博物館で催されている「江戸の学び―教育爆発の時代―」展に行ってきた。東京新聞主催のこの展覧会、正月早々の東京新聞の今年の展覧会予定で発見して以来絶対に見に行きたいと思っており、うまい具合に招待券も手に入れたので人を誘って行くことにしたのだが、驚いたことにこの誘った人の職場の同僚が日でも屈指の往来物の蒐集家であり研究家で、展示でも彼の所蔵の往来物を多数貸し出しているそうなのだ。会場で一緒に見て回っていたら、展示物につけられた紹介のパネルに書かれた所有者の名前を指差し、これが同じ会社の人、などというので変な感じ。こうかくと展示の規模が小さく取るに足らないもののように感じられる向きもあるかと思うがそれは違う。その同僚の人がなんで会社員やってるのかよくわかんないくらいに凄い人なだけだ。実際どこかの私立大学の客員教授とかそんなポストについているらしいしね。 展示されていた内容は

    2006-03-04
  • 2006-02-27

    おはようございます。 昨日は1日事務仕事に没頭。 おかげでたまっていた仕事をすべて片付ける事が出来ました。 事務仕事っていやだな〜なんて思いながらも、1つずつ片付いていく様子や、すべて終わった時の達成感に喜びを感じちゃったりしています。 大掃除に近い感覚かも。 今日は1日アルバイト。大掃除とはいかないですが、ひとつひとつお仕事頑張ってきたいと思います☆ 写真はキンダーフェスティバルから、試合の合間です。 見てきました。 会議のために訪れたある市民会館で偶然、この展示展の開催を知り、自分の運命に1人感謝。 とてもよい催し物でした。 江戸時代の人達が、学ぶ事に対し純粋に楽しみを見出していたことを、あらためて知ることができました。 茂木健一郎さんの「脳の中の人生」(中央公論新社)の中にもこうあります。 来、学ぶことほど楽しいことはない。江戸時代の国学者、居宣長のもとには、話を聞きにたくさんの

    2006-02-27
  • 江戸の学び | 雲の深いため息

    江戸東京博物館の特別展で江戸の教育事情の「江戸の学び展」って奴見に行きました 江戸の学びって「寺小屋」ね。会場はざっと通っただけなのだけど、 その中で昔の西洋と日との学びの教育の違いってのが印象にありました。 西洋では子供には教え込むという概念があって先生がムチをもって言う事聞かなかったり、分からない時はムチを叩いて教えているが、その頃日では子供は自分から学ぶ意欲がなければ教えても意味はないという考えがあって西洋のある画家が書いた日の寺小屋の様子の絵は真面目に机に向かってる子もいれば、机でぐっすり眠る子、隣の子とおしゃべりする子、外で遊んでる子、その真ん中で先生が机に向かって苦い顔しながら教えてるという図、何枚か違う絵もあったが同じように寺小屋の生徒がてんでばらばらの事をやっている図であった。 前に何かのテレビだったかで、その昔々外国人が日の子供をみて、好き勝手な事をしてるのになぜ

    江戸の学び | 雲の深いため息
  • 真説・江戸の学び/江戸東京博物館 - 見もの・読みもの日記

    ○江戸東京博物館 『江戸の学び:教育爆発の時代』展 http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/ いま、ちょうど教育史関係の読みものにハマっているわけだが、それと符丁を合わせたように、江戸の教育事情に焦点を合わせた展覧会である。キャッチフレーズは「今こそ寺子屋に学べ!」。 江戸時代の教育事情というのは、当のところ、よく実態が分からない。寺子屋制度のおかげで、初等教育の普及は世界に冠たる水準を誇り、文盲はほとんどいなかった、という話も聞くが、これはどうも胡散臭い。確かに、江戸時代には様々な娯楽読みものが出版され、浮世絵の中では、女性もを手に取っているし、街の看板は文字だらけである。しかし、農村では、文字の読めない人のために「めくら暦」という絵暦も作られていたし、山武利の『新聞と民衆』によれば、明治期の調査で、自分の姓名を書けない者が3~5割いたと言う。地域差が大

    真説・江戸の学び/江戸東京博物館 - 見もの・読みもの日記
  • 往来物で勉強もオーライ - 飴チョコひとつぶ

    今日は江戸東京博物館の企画「江戸の学びー教育爆発の時代ー展」に行ってきました。教育爆発という言葉にかなりひかれました。教育のビッグバンというかんじなのかしら。とにかく行かなくては。江戸時代、人々の読み書き能力は非常に高かったといわれていますね。今回の展示は、江戸時代の子どもたちの寺子屋での学習風景から始まって、文字を楽しむ文化が大きく育まれた時代という視点から看板、広告など様々な資料を見せてくれました。 面白かったものをいくつか書き留めておきます。 寺子屋は今日のような一斉教育ではなく、個別指導教育だったそうです。子どもは先生に向かって机を並べません。黒板で教える、つまり先生から生徒に知識を伝授するといった一方通行の学びではなく、学習者が、性別、年齢、進度、家業などそれぞれにあった往来物(テキスト)を手に書いたり、読んだりしていたそうです。のさし絵、浮世絵などから見ると、師匠の机のとこ

    往来物で勉強もオーライ - 飴チョコひとつぶ
  • 新潮新書1000万部 - 池田信夫 blog

    新潮社から、「新潮新書創刊3周年記念」の図書カードが送られてきた。2003年4月に創刊されて、約1000日で累計部数が1000万部を突破した。これは業界で最速記録だという。そのうち『バカの壁』が400万部、『国家の品格』が100万部と、この2冊で全体の半分だ。両方に共通するのは、「語りおろし」や講演記録で、話し言葉になっていることと、「ご隠居の小言」として軽く聞き流せることだ。新書の読者は、男性の高齢者だというから、そういう層の共感を呼んだのだろう。 しかし100万部以上のベストセラーというのは、ふだんを読まない層まで広がらないと実現できない。光文社新書の『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(140万部)も含めて共通しているのは、タイトルにインパクトがあることと、内容が薄いことだ。要約すれば、ほとんど数ページでいえるようなことを、いろいろな例を引いて繰り返し書いている。こういう書き方は、