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2006年11月29日のブックマーク (23件)

  • BibTeX 概要

    はじめに 文献目録は,論文やレポートを作成する際に引用した文章の文献や参考となった文献のリストのことで,著者名,の表題,出版社名,発行年などをを巻末や章末にまとめて示しているものです.LaTeX では,文献目録作成用にthebibliography環境が用意されていますが,論文を書くたびに,文献目録を作成したりするのは大変です.BibTeX は,文献目録を自動で作成する上,スタイルファイルによって文献目録の書式を自由に変更できます. BibTeX には,欧文専用のbibtexと日語文献にも対応したjbibtexがあります.ここでは,断りがない限りjbibtexを使用します. 文献データ 文献目録で使用するデータは,下のような bib ファイルというテキスト形式のファイルで管理します. @article{ mye:1981, author = "Roger B. Myerson", ti

  • 文-体・読本: 解剖学の発生

  • A4用紙1枚に256GB | Okumura's Blog

    A4用紙1枚に256GBのデータを保存する技術というおもしろい話を,2次元コードいろいろのコメント欄で教えていただいた。こういうウソがすぐに見抜けるだけの情報科学のセンスを学校で教えてもらえればいいのだが。 元記事はTechworld.com - Storage News - Store 256GB on an A4 sheetだが,Updateでこれは不可能だと追記されている。

  • http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1163.html

  • 未公認なんですぅ: 本屋さんには「内容の古い本」もけっこうたくさんあるんです、ごめんね

    こういうことを「お客さん」である読者さんに要求するというか期待するのもメーカーとしてどうかなという気もしないでもないのですが、を買うときは、少なくとも自分で中を確認できるリアル書店さんでを買うときは、とくに法律や税金あるいは試験対策など「毎年のように改定・修正・変更」があるような内容について書かれているを買うときは、ぜひ忘れずに確実にそのを買う自分のために、 「奥付の日付」 を見てから買ってください。 「奥付」って、たぶん業界用語だと思うのだけど、一般の読者さんはわかるのかなぁ。えっとですね、たいていのではいちばん最後のあたりにですね、書名や出版社名、著者名などがまとまって?表示されているページがあると思います。このページを業界では「奥付」と呼んでたりするのですが、その「奥付ページ」のどこかにですね、たとえば 2006年12月10日 初版発行 とか、 2004年3月14日 初版第

  • WG3

  • 平成 13 年度経済産業省委託 文字・画像・データ構造等の標準化に関する調査研究 (符号化文字集合(JCS)調査研究委員会) 成果報告書 平成 14 年 3 月 財 団法人 日 本規格協会 情報技

    平成 13 年度経済産業省委託 文字・画像・データ構造等の標準化に関する調査研究 (符号化文字集合(JCS)調査研究委員会) 成果報告書 平成 14 年 3 月 財 団法人 日 規格協会 情報技術標準化研究センター この報告書は, 平成 13 年度に当協会が経済産業省から委託を受けて実施し た「符号化文字集合(JCS)調査研究委員会」の成果をとりまとめたもの です。 報告書に添付している JIS 案は, 制定の審議の課程において変更があ JIS り得ます。 また,ISO での今年度の国際的審議の結果,変更されることがあります。 目 次 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 ・・・・・・・・・

  • 古代中国箚記 ふたつの、藤堂明保著『漢字の起源』

    古代中国の文章・文物・歴史・研究について。とりあえず漢文(古典漢語)や漢字について徒然なるままに、また学会覚書、購書記録なども記していきます。 古代中国箚記2006/11/16で紹介した、藤堂明保『漢字の起源』講談社学術文庫、2006年を買ってきた。11月16日のブログに「徳間書店から1966年(増補版、現代出版、1983年)に出た文庫化だろう。」と書いたが、たしかに最終頁に「書は、一九六六年、徳間書店より刊行された『漢字の起源』を底としました。」とあった。 たまたま、神保町をうろうろしたら、その現代出版社版『漢字の起源』があった。600円と安かったので、重複するかなと思いつつ、買ってみた。 この1983年の現代出版社版の『漢字の起源』のまえがきで藤堂氏は言う、、、 だがこの十余年の間に、中国での発掘がめざましく進み、思いもよらぬ文物が大地の底から姿を現した。こうなると、旧著の前半は、

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  • 新潟日報 特集

    昔から不思議に思っていた「新(さんずい+写)」の「(さんずい+写)」の字。「潟=(さんずい+写)」という解釈に疑いを持たなかったが、学生時代に何の気なしに「(さんずい+写)」の字を書いていたら、県外出身の友人から「なんて読むの」と質問攻めにあった。辞書でもとんとお見掛けしない、謎のローカル文字。当に「(さんずい+写)=潟」なのか、調べてみた。  「(さんずい+写)」の字に詳しい県ことばの会理事・柄澤衞(からさわ・まもる)さん(65)に聞いたところ、「(さんずい+写)は、潟とは来違う字です。ただ文字にも“方言文字”があります。その地域で独自に好まれ、使われているわけです」と教えてくれた。  違う字がどうして用いられたのだろうか。柄澤さんによれば、古い時代から「潟」と「瀉」が混同されて使われており、「瀉」の略字が「(さんずい+写)」(「写」の旧字体は「寫」)だったことから、「潟=瀉=(さん

  • 小形克宏の「文字の海、ビットの舟」――文字コードが私たちに問いかけるもの

    小形克宏の「文字の海、ビットの舟」 ―― 文字コードが私たちに問いかけるもの [Reported by 小形克宏] 第1部 2000JISがやってきた 第1回 2000JISとはなんだ? (2000年1月19日) 第2回 2000JISの原案はなぜ修整されたか? (2000年1月26日)加筆修正 2000年2月22日 第3回 前回までの訂正と補遺 (2000年2月2日)加筆修正 2000年2月22日 第4回 JCS委員長、芝野耕司の反論(前編) (2000年2月9日)加筆修正 2000年2月12日 第5回 JCS委員長、芝野耕司の反論(後編) (2000年2月16日)加筆修正 2000年2月22日 特別編 MacOS Xの新フォントと2000JISの関係 (2000年2月23日) 特別編2 ISO/IEC 10646で却下された(?)JIS X 0213の新漢字一覧表 (2000年3月8日

  • 三省堂─時代別 国語大辞典

    昭和16年に着手し、当初は「奈良・平安・鎌倉・室町・江戸」編の刊行を目指したが、戦争などの紆余曲折により変更。昭和42年に上代編、昭和60年に室町編の第一巻を刊行。2000年12月、室町編の第五巻の刊行をもって完結。 『上代編』刊行の言葉 『上代編』刊行の「序」 『室町時代編』刊行の「序」 『室町時代編』「あとがき」 『時代別国語大辞典 室町時代編』の完成を祝う  千野栄一(「ぶっくれっと」147号より) 『時代別国語大辞典 室町時代編』を終わって  沓掛和子(「ぶっくれっと」149号より) 見ページ 時代別国語大辞典 上代編 上代語辞典編修委員会 編 澤瀉久孝(編修代表)・浅見 徹・池上禎造・井手 至・伊藤 博・川端善明・木下正俊・小島憲之・阪倉篤義・佐竹昭広・西宮一民・橋四郎 40,000円 B5 背革装天金箱入り 1,152頁 978-4-385-13237-X 1967年12月

  • 三省堂-「ぶっくれっと138号」・辞書編集の楽しみ

    ●辞書編集の楽しみ -『大辞林』とこれからの辞書について 倉島節尚(くらしま・ときひさ 大正大学教授) (「ぶっくれっと」138号掲載) 「ぶっくれっと」一覧 20万語をどう選ぶか 辞書についての話をすると、いちばん多く出る質問が、「項目選定はどうやるんですか」というものです。『大辞林』のような大型辞書とふつうの辞書ではちょっと基準は違いますが、一般的にいえば、まず国語辞典として基的に載せなければならない項目があります。つまり、基語というもので、これをはずしちゃうと国語辞典の用をなさなくなってしまいます。まずこれを選択する。 この選択は、わりと客観的にできます。たとえば、小規模の辞書でも数種類のものが共通して載せている語であれば、それは採用しましょうと決めることができる。これは『大辞林』でも、3万語までいくかどうかという程度、案外少ないものです。それがまず核になる。その次に、携帯版の辞

  • 三省堂-『例解新漢和辞典』自著自讃

  • 三省堂-対談 独語と落語とコンサイス

    対談 独語と落語とコンサイス 古今亭志ん朝(ここんてい・しんちょう 落語家) 早川東三(はやかわ・とうぞう 学習院大学教授) (「ぶっくれっと」130号・131号掲載) ▼ ドイツ語の朗読に惹かれて 早川―師匠は独協高校でドイツ語を勉強なさったんですね。 志ん朝―そうなんです。私、だいたいが、ちょっと物好きなのと、変な見栄っぱりといいますか、中学のときの友達、ここには来てないけど、ドイツ語やってるやつなんかいないだろうな、おもしろいなと、子供心にそんなのがありましてね、それで独協高校には、そのころはいまと違って、かなり簡単に入れたんですね。生徒の数も少なくて。 早川―そうですか、場所は目白ですね。 志ん朝―ええ、椿山荘の向かい側です。で、受けたらなんの加減か、入れたんです。そのときに、第一外国語を英語にするかドイツ語にするかっていう選択があって、「なに、ドイツ語おもしろいね、ドイツ語なん

  • 三省堂-ドイツ統一と言葉の変化

    ドイツ語・辞典・ドイツ人 自著自讃(「ぶっくれっと」1997.7 no.125より) クラウン独和辞典 ●ドイツ統一と言葉の変化 飯嶋 『クラウン独和辞典』第2版が完成しまして、今日は編修主幹の濱川先生を囲んで大いに語り合おうということになったわけですが、まずドイツ統一、ベルリンの壁の崩壊が一九八九年十一月、一年足らず経った九〇年十月三日が正式にドイツの統一ということになります。その一年後でしたか、『クラウン独和』初版は。 濱川 半年後です。 新田 初版がドイツ統一直後で、この第2版が正書法改革直前と、ドイツの社会的変動とピタリとタイミングが合っていますね。 飯嶋 そうですね。初版のときに、東西ドイツの統一というものを、後追いのような形ですけど、多少盛り込んだわけです。それから六、七年が経っておりますが、その流れの中で、旧東西ドイツの言語状況というものも徐々に変化し、ようやくにして統一によ

    funaki_naoto
    funaki_naoto 2006/11/29
    正書法改革について
  • 三省堂|三省堂 中国名言名句辞典

  • 三省堂-明解國語辞典 復刻版

  • 三省堂-「ぶっくれっと」巻頭エッセイ一覧

    「ぶっくれっと」巻頭エッセイ一覧 「ぶっくれっと」一覧 No.124 JUNE 1997 阿川佐和子 死活問題 No.125 JULY 1997 阿川佐和子 質問一つ No.126 SEPTEMBER 1997 阿川佐和子 許容の範囲 No.127 NOVEMBER 1997 阿川佐和子 騒々しい街 No.128 JANUARY 1998 阿川佐和子 あるあるへえー No.129 MARCH 1998 阿川佐和子 気づかぬ言葉 No.130 MAY 1998 林 望 その「て」はわない No.131 JULY 1998 林 望 「いぎりす」と「おらんだ」 No.132 SEPTEMBER 1998 林 望 翻訳の悩ましさ No.133 NOVEMBER 1998 林 望 上等という言葉の下等なる用法 No.134 JANUARY 1999 林 望 学名の有無 No.135 MARCH 1

  • 三省堂|「三省堂ぶっくれっと」三人で語る 新明解国語辞典

  • 三省堂 新明解国語辞典 第五版

  • 国語辞典 - Wikipedia

    この項目では、主に日語の辞典について説明しています。中華民国教育部の中国語の辞典については「教育部国語辞典」をご覧ください。 「明解国語辞典」の表紙 国語辞典(こくごじてん)は、その国の言語(国語)を対象とした一言語辞典。漢字文化圏の日中華民国(中華人民共和国成立前の中国およびそれ以降の台湾)、大韓民国にはこの名の辞典が見られる。日では通常日語のものを指し、単語・連語・句などを規則的に(主に五十音順に従って)排列し、説明した書物をいう[1][2]。見出しに立てた言葉の仮名遣いやアクセント、漢字表記、品詞、使用分野、意味、用法、さらには類義語、対義語、用例、文献上の初出例などの情報が示される。国語辞書・日語辞典・日語辞書ともいう[1]。 現在は、約50万語を収める最大規模の『日国語大辞典』(小学館)をはじめ、中型辞典(10万語 - 20万語規模)や、小型辞典(6万語 - 10

    国語辞典 - Wikipedia
  • 文語体 - Wikipedia

    文語体(ぶんごたい、旧字体:文󠄁語體)は、文語を用いて書かれた日語の文章形式のこと。 概要[編集] 第二次世界大戦前までは特に公文書などで標準的に使われていた。現代の日語における文語は、明治時代からの言文一致運動と、第二次世界大戦後の国語改革の影響により、話し言葉に比較的に近いものになっている。現在の日語で一般的な文体は(書き言葉であっても)口語体とよばれる[注 1]。 歴史[編集] 文語体は平安時代の京の貴族階級の口語(中古日語)をもとに、以後の言葉の影響も受けながら形成され、口語体とは異なる語彙や文法を持つ[注 2]。 明治期の言文一致運動により、漢文体、和文体、和漢混清体、漢文訓読体、雅俗折衷体、欧文直訳体、和漢洋調和体、普通文など、さまざまな文体が使われ、美文調や高雅体といった新たな文語体が現れた[1]。 明治末、文部省が口語体を主とするよう指導を行う。山夏彦によると、