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ブックマーク / tanakahidetomi.hatenablog.com (5)

  • 小田切博『キャラクタ―とは何か』 2010-01-05 - Economics Lovers Live

    マンガ批評に格的に関心を持ち出してまだ一年未満だが、その中で昨年読んだ評論の中ではこのはベスト5に入る。そして同時にこのはかなり筋ワルである。これがいまの日のマンガ批評の現状かもしれない。たぶん今週末に出るが著者からいち早く献いただいた。しかしこのはいったい誰にむけて書かれているのだろうか? 彼の周囲数名程度のうけを狙ったものなのか、あるいは勘違いした官僚を喜ばせるためなのか(それはさすがにないが一読すれば喜ぶだろう)。 しかし面識もありいろいろ教えてもらってきた身ではあるので言い難いのだが、はっきりいえば、ただおかしな産業政策論の要素を中核とする一書である。なぜ著者は彼のまわりにいたであろう経済学者たちに事前に原稿などをみせて意見をもらわなかったのだろうか? 書の中心メッセージが、産業政策必然論になっている点をみるにつけて愕然とする。 以下断続的にこのの紹介をする。ただし

  • マンガモデル論のレジュメ

    12月13日に大東文化大学で報告したレジュメをいまワードで修正してて図表も汚いけど(笑)つけたものを以下にコピペ。ただし下付き英数字なんかはワード文書ではちゃんと表記したりしてるけど以下では面倒なので修正してないかも。一応、未完成なので引用とかする際には僕の了解を得ること。研究目的でワード版を研究者個人で請求された場合は対応します。僕と面識ない方は名、住所、勤め先(学校)、電話番号を必ずメールで教えてください。いずれが欠けてもお送りしません。面倒にならないかぎり(例:請求者多数とか神経質な対応とかストーカーとかいろいろ)送ります。レジュメなのでグルンステンのを読んでて、なおかつ口頭の注記を聞いて完全レジュメと思ってください。ほぼ当たり前のことなんだけどたぶんマンガ研究の世界ではここらへんの常識が通用しない可能性があるのでわざわざ注記。 (付記)id:ITOKさんに図表を一部作成していた

    マンガモデル論のレジュメ
  • リフレとは何かー石橋湛山、リフレ派の誕生

    リフレ(リフレーション、reflation)は、現在の日経済(だけでなく少なくとも欧米経済でも)の状況に適用されるべき経済政策である。私を含めて公然と「リフレ」ないしそれを主張する「リフレ派」が存在する。ただしネットの中の世界では、元祖リフレ派は自分だと名乗ったり、あるいはリフレに対する無責任な解釈が後を絶たない。 以下では、日で最初に「リフレ」を述べ、また自らの政策の中心が、リフレであるという意味での「リフレ派」の元祖といっていい石橋湛山の発言を下に引用する。『石橋湛山全集』の索引をひもとけばわかるように、「リフレ」「リフレーション政策」という言葉を湛山が用い始めたのは1930年代初めの昭和恐慌期である。それ以降、自らの政策の中核を人間性の回復を不況の下で狙うこのリフレ政策として事あるごとに主張し、例えば悪性インフレ(ハイパーインフレーションなど)との違いを明白にしたり、その政策効果

    リフレとは何かー石橋湛山、リフレ派の誕生
  • ワシーリー・モロジャコフ『後藤新平と日露関係史』 2009-06-16 - Economics Lovers Live

    藤原書店の藤原社主からご恵贈いただきました。ありがとうございます。 僕は専門がずれるので十分に評価できないけれども、ひょっとしたら日の外交史や日政治史の研究の中でも画期的な貢献じゃないだろうか? 後藤新平というとちょっと前まで僕には主に関東大震災以降の復興院による首都再建計画とそれをめぐる経済学者、マルクス主義者たちの論争の標的という認識でしかなかった。それでも一海知義先生が現代語註を加えた鶴見祐輔の『後藤新平』を途中まで読んだことでそのような狭いイメージは覆り、日の近代化を推し進めた最重要なキーパーソンになっていた。それが今回のこので、ロシアとの外交関係において重要な位置をしめていて、後藤の提言や活動がまわりの無理解でとん挫したことが、今日まで至るロシアとの関係がこじれた遠因になっていることがよくわかる。しかしこれは佐藤優の読むよりはこれを読んだ方が数万倍いいと思うよ。 後藤の

    ワシーリー・モロジャコフ『後藤新平と日露関係史』 2009-06-16 - Economics Lovers Live
  • 長幸男『石橋湛山の経済思想』 2009-04-08 - Economics Lovers Live

    かって丸山真男は、自らの日政治思想史研究を「店」とし、時事的な発言を「夜店」と称した。そして日経済思想史を「店」とし、時論的な活動を「夜店」として精力的に活動した人物を、僕は少なくとも四人知っている。四人とは、元同志社総長であり日経済思想史の先駆者であり戦前から戦後まで広汎なジャーナリズム活動を行った住谷悦治、その子息であり河上肇研究や民族学研究まで幅広い「日学」の探求をしつつ、戦後の平和活動や経済問題について発言し続けた住谷一彦氏(立教大学名誉教授)、そして書(『石橋湛山の経済思想』)の著者であり元東京外国語大学学長の長氏である。最後の四人目は想像におまかせする*1。彼らの「店」と「夜店」をめぐる活動は、日経済学者の活動の中でも特異点を形成している。丸山がそうであったように、しばしば「夜店」は「店」を飲み込み、「店」の評価とその影響をも決定してしまう。もちろん「

    長幸男『石橋湛山の経済思想』 2009-04-08 - Economics Lovers Live
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