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ブックマーク / nix-in-desertis.blog.jp (10)

  • nix in desertis:『天気の子』感想・批評

    〈セカイ系としての『天気の子』〉 自分としては作がセカイ系であるかどうかとか,セカイ系の定義にはあまり興味がない。むしろ作の場合,人類が滅びるような障害を乗り越えられる程度の障害に縮小したところを評価したい。人類を滅ぼさんでもセカイ系はできるし,やってよいのだという意味合いでなら作をセカイ系の文脈で語るのは面白いと思う。もう,ヒロインとセカイのどちらかしか選べないという結末しかないのに我慢する必要はないのである。東京は部分的に水没したし,陽菜は晴れ女の能力を失った。それでも都民はたくましく生きている。 そもそも須賀の言う通り,陽菜が帰ってきたから雨が降り続いているなんて因果関係がはっきり証明されているわけではない。2人は降り続く雨を気に病まなくていい。まさに「大丈夫」なのだ。実は選択でさえないかもしれないという読み方を残している。読み方の選択の余地があり,選択を迫られているのはむしろ

  • nix in desertis:キリエ・エレイソン(2) −魔法少女まどか☆マギカの私的解釈・感想

    『Fate/zero』1巻のあとがきで,虚淵玄が「エントロピーの増大でどうせこの世は終わってしまうというペシミズムのせいでバッドエンドしか書けない」とか言っていたときは,正直何いってんだこいつとしか思えなかったのだが,今ならばこのスケールで考えてればそりゃね,とは思えるようになった。 以下,ネタバレ全開。まず,いろいろ解釈の分かれているらしい12話の自らの解釈を提示し,前回のキリスト教的解釈がどの程度ネタで書きどの程度マジで書いたか開陳した後,適当に感想を述べ,最後に「それだけはないだろう」と思った解釈にだけ少しだけ反論して締めることにする。 虚淵の新しいものを見せる,というのは全くの嘘で,作は最初から最後まで,あくまでも「虚淵と,彼の周囲に存在した作品群の集大成」であった。一つ一つの要素を分解していけば,『Fate/stay night』に『鬼哭街』,果ては『Stein's Gate』

    genesis
    genesis 2011/04/27
    曰く,「魔法少女達に与えられたのは物質的な救済ではなく,精神的な救済であり,キリスト教的な言い方をすればやはり「恩寵」としか言いようがない。」
  • nix in desertis:俺たちに翼はない レビュー

    抜群におもしろかった。今年やったエロゲでは『しろくまベルスターズ』とベストエロゲ1位の座を争っている。 物語は,渋谷:池袋=3:1で混ぜたような大都市,ギバラこと柳木原を舞台に繰り広げられる一見して群像劇なのだが,実は……という話。目新しいものの,これがエロゲで初めての試みというわけではない。歴戦のプレイヤーなら○○と××足して二で割るとこうなるな……などと考えながらプレーしたのではないだろうか。また,その核心を特に隠す気は無いようで,勘の良い人なら第2章(つまり二人目の話)で,悪い人でも3章の途中までには気付くだろう(今回私は悪い人だったので,ガチでわかんなかった)。また,3章末には早くもネタバレしてしまっている。それだけシナリオに自信があるということだと思うし,実際におもしろかった。6章まであるが,核心が一応伏せてある3章までとそれ以降では,まるでゲームが異なる。シナリオのオチとしては

    genesis
    genesis 2010/10/28
    曰く,「抜群におもしろかった。」
  • nix in desertis:Kanon問題で決定論(過去確定的共有説)を主張する

    ポータル記事として(後日設置)。 Kanon問題の追記:訂正と反論 Kanon問題追記の追記:というか締め Kanon問題を締めた後に続いたもの。 以下が最初に行った問題提起の文章である。だが,その後の議論の展開から言って,それほど重要ではない。 ようやく自分の中で覚えていた違和感が何かはっきりしたのが一筆だけ書いておく。めんどくさいので、以下は読者がKanon問題が何かを知っているという前提で書く。 この問題の根的な原因は、Kanonの文があいまいにぼかしているために、過去遡及的生成でも、決定論でもどちらでも読めてしまうという点にある。それゆえに、2003〜05年に流行した時点でさえ「どちらとも解釈できるから後は好みの問題」という結論が出てしまっており、当時を知らない連中によって、ここ最近ぶり返してきている。私も、「当時を知らない連中の一人である。当時はそこまでエロゲ論壇は読んでいな

    genesis
    genesis 2010/05/17
    曰く,「私は決定論的解釈(確定的過去共有説)しかとらない。すなわち、「月宮あゆが犠牲になることによってしか奇跡が起きない場合が多い」という立場である。...私が提示する決定論の根拠は大きく三つである。」
  • nix in desertis:私がエンドレスエイトはあれで良いと思う4つの理由。

    1、原作のまま流してもつまらないから。 前々から言っているが、京アニの真の価値は原作のよりおもしろい形での再構成だ。鍵ゲーは元エロゲたるわかりづらさがあるしルートの再整理が必要であるし、『けいおん!』や『らき☆すた』では原作にそこまで地力があるわけではないので、アニメ化する上で大鉈を振るう必要があった。 ハルヒに関してはどう考えても後者だ。これを言うと原作信者の怒りを買いそうだが、世間はどうかは知らないが、少なくとも私の周囲のリアル友人たちの間では、ハルヒの原作はどう考えてもつまらない、のいぢで京アニじゃなければこんなにヒットすることはなかった、ということで意見の一致がとれている。私自身ハルヒの原作は一期放映後に読んだが、ああ、これはアニメで化けたんだな、という印象しか持たなかった。(それだけに、『消失』は確かにおもしろかったのだが。) 実のところ普段からラノベを読むという習慣がなく、アニ

    genesis
    genesis 2009/07/13
    曰く,「鶴屋さん他が好きならば、いいからさっさと二学期になれよ、『溜息』やれよと言うのもわかる。」
  • nix in desertis:前髪の長い男たち

    昨日のパラノイアでも少し出てきたことだが、言われてみるとエロゲの主人公の顔出しが普通になってきたような気がする。主人公に感情移入して読む場合に、明確な主人公のグラフィックがあるのは不都合だという理由で顔はあいまいにごまかす、というのが通例だったような気がする。しかし、逆にそれは主人公も物語の登場人物の一人として扱う場合に不自然が生じる。そして、主人公を特別視しない物語のエロゲが増えてきたことによって、主人公の顔を隠すかどうかは使い分けが進むようになった、と考えるのが自然であると思う。 鍵ゲーは多くがアニメ化されていて、その過程で顔がついてしまっているので微妙だが、基的に『ONE』『Kanon』『CLANNAD』は「顔なし」で、『MOON.』『AIR』『智代アフター』『リトバス』は「顔付き」主人公である。そうして見るとわかりやすい。(以降鍵ゲーネタばれ注意)前者三つは、プレイヤーに主人公の

    genesis
    genesis 2008/08/08
    曰く,「主人公を特別視しない物語のエロゲが増えてきたことによって、主人公の顔を隠すかどうかは使い分けが進むようになった、と考えるのが自然であると思う。」
  • nix in desertis : リトルバスターズ!

    今までの鍵作品と異なっているところも多ければ、踏襲しているところもまた多い作品であった。 まず共通点といえば、悲劇&奇跡システムの存在だろう。鍵作品は悲劇と奇跡の安売りとしばしば揶揄されるがそれは間違いで、ゲーム内で奇跡が起きる条件が必ずルールが設定されており、そのルールを主人公が解いていくのが鍵のストーリーの作り方である(まるでひぐらしの謎解きのようだが、竜騎士は葉鍵っ子なので参考にしているのだろう)。 そしてまた、ひぐらしではそのルールを打ち破る方法が(ネタばれにつき伏字)仲間を信じる力であったように、鍵作品においては奇跡を起こす根の力とは「悲劇に耐えうる心の強さ」なのだ。ゆえに悲劇が起きなければそもそも奇跡も起きない。そしてその悲劇はかならず「不条理」である、というのも鍵作品に共通する明確なルールである。これらのルールはリトバスにおいても受け継がれている。 そしてAIR以降の共通点

    genesis
    genesis 2008/04/02
    [リトバス] 曰く,「だーまえは納得できる理不尽世界を作ってそれを演出する才能にあふれている。」
  • nix in desertis:『SWAN SONG』レビュー

    隠れた名作と名高かったのでプレイした。確かにこれは神作品。設定は「大地震によって世界が崩壊した直後の群像劇」でシナリオも予想通りの方向へ進んでいくのだが、各登場人物の心理描写が非常に巧みで、やってることのレベルがそんじょそこらのエロゲとか小説のものじゃない。瀬戸口氏の文章が当然主軸ではあるのだが、美麗なビジュアルやBGM、演出が最大限それを生かしている。特に一人称視点の切り替えや文章表示の工夫、効果音など、エロゲじゃないと出せない良さもふんだんに盛り込んでいたのもすばらしい。 「極限状態だからこそ人間心理の性がわかる」という理論は、この作品にとっては言い訳であって、多分瀬戸口氏ならどんな舞台設定でも料理できてしまうんだろうなと思う。『キラ☆キラ』に興味がわいたので入手しようかな。いずれにせよ、「群像劇」という言葉がこれほどまでに似合うエロゲは、現時点でこの作品以外存在しないだろう。絡み合

    genesis
    genesis 2008/03/07
    曰く,「《群像劇》という言葉がこれほどまでに似合うエロゲは、現時点でこの作品以外存在しないだろう。」
  • nix in desertis : エロゲ私的傑作選 (1)

    好評だった企画の二匹目のドジョウ、というわけではないが、前回作ったエロゲ名作選?にはあまりに広まりすぎたがゆえの誤解が多く、また自分としてもこれが絶対の基準ではないことを示すために、もう一つリストを作る必要性を割とずっと考えていた。簡単に言えば、前回のリストというのは「エロゲらしさ」「マイナーさ」にこだわったものであって、真なる意味で「傑作選」ではなく「名作選」であったのだ。 ここまで書けば今回のリストは何をやりたいのか目的がはっきりしてくると思うが、ずばり「ADV形式のPCゲーム、いわゆるエロゲ(ノベルゲー)」ということ以外に何の制限を加えず、主観的に「これは芸術作品」(※)と感じた作品を列挙してみたい。それによってエロゲ名作選?で生じた誤解を解くとともに、私のアイデンティティの発露としたい。前回のリストは出てくるゲームが人によっては必ずしも名作とは言えないものもあったので最後に「?」を

    genesis
    genesis 2007/10/28
    曰く,「5位まで鉄板過ぎて自分でも引いた。」
  • nix in desertis : エロゲ名作選?

    genesis
    genesis 2007/07/11
    曰く,「ではいっそのこと、と趣味に走ったリストを作ることにした」
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