2月18日、「内向の世代」の小説家・古井由吉が逝去した。享年82歳。 杳子は深い谷底に一人で座っていた。/十月もなかば近く、峰には明日にでも雪の来ようという時期だった。(「杳子」71年) およそ50年前、古井が第64回芥川賞を受けた代表作「杳子」の冒頭。最小限の描写のなかに作品全体をおおう不穏なムードが圧縮された印象的な書き出しである。タイトルにある「杳」という語は〈ヨウ〉と読んで、〈くらい、ぼやけた、さびしい〉といった意味をあらわすという。主人公は「彼」と呼ばれる男性である。精神を病んでいるらしい杳子と山中で出会い、次第に「恋愛小説」的な関係がむすばれていく。杳子の病いをつぶさに観察する「彼」のまなざしはときに暴力的である。だが、その「彼」が杳子に見つめ返されるとき、物語はひとつのピークを迎える。 比較的入手しやすい(たとえば、新潮文庫やKindleで読める)中編なので、古井作品を未読の
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