タグ

ブックマーク / www.ele-king.net (160)

  • 追悼ジョン・ハッセル | ele-king

    “悪行と善行の観念を越えたところに平原が広がる。我々はそこで会おう” ジャラール・ウッディーン・ルーミー(13世紀ペルシャの神秘主義詩人) ジョン・ハッセルに電話インタヴューしたのはちょうど1年前の昨年7月だった。 実はそのとき、もしかしたらこれが最後の取材になるんじゃないか……という予感があった。彼の問答には、明晰さのなかにも随所で精神的衰弱が垣間見られたから。取材3ヶ月前の同年4月には、ジョン・ハッセルの生活サポートのためのファンドが立ち上がったことをブライアン・イーノがツイートしていたが、当時ハッセルは、骨折治療とコロナ禍での健康不安により生活が困窮していたという。昨年の新作『Seeing Through Sound』により、新たなリスナーを増やしていただけに、彼の逝去はあまりにも残念だ。 件のインタヴュー記事では『Seeing Through Sound』のことだけでなく、過去のキ

    追悼ジョン・ハッセル | ele-king
    hyougen
    hyougen 2021/07/16
  • interview with 『映画:フィッシュマンズ』 | ele-king

    映画:フィッシュマンズ』がいよいよ上映される。映画ではバンドの歴史が語られ、ところどころその内面への入口が用意され、そして佐藤伸治についてみんなが喋っている。3時間ちかくもある長編だが、その長さは感じない。編集が作り出すリズム感が音楽と噛み合っているのである種の心地よさがあるし、レアな映像も多かったように思う。また、物語の合間合間にはなにか重要なひと言が挟み込まれていたりする。要するに、画面から目が離せないのだ。 フィッシュマンズは、佐藤伸治がいたときからそうだが、自分たちの作品を自己解説するバンドではなかった。したがって作品解釈には自由があるものの、いまだ謎めいてもいる。レゲエやロックステディだけをやっていたバンドではないし、なによりも世田谷三部作と呼ばれる問題の3枚を作ってしまったバンドだ。いったいあれは……あれは……佐藤伸治があれで言いたかったことは何だったのだろうか。だから膨大な

    interview with 『映画:フィッシュマンズ』 | ele-king
    hyougen
    hyougen 2021/07/08
  • 山本精一 | ele-king

    昨年のアルバムだがみすごすのもどうかしている。あるレコードのすばらしさは新しさが左右するものではない。むしろときの経過とともにじわじわと真価がきわだつ作品も稀にだが存在する。 山精一の『セルフィー』はその典型である。世に出たのは昨年暮れ、そのことは6曲目の「ハッピー・バースデイ(to invisible something)」の丸括弧内の文言にあらわれている。「目にみえないなにか」の誕生を祝うこの歌はギターの弾き語りを土台にシンセサイザーが彩りを添えるフォーク調の楽曲で、歌唱法も衒いなさとあいまった朴訥な印象が支配的だが、不穏なムードが満ち潮のごとく高まるシンセの間奏直後の「お誕生日おめでとう 永遠の一里塚」につづき、堰を切ったように「ずっとおめでとう」のリフレインがはじまるころには山の歌う「目にみえないなにか」とはまちがいなく新型コロナウイルスであろうと思いあたり、世界を前にした聴き

    山本精一 | ele-king
    hyougen
    hyougen 2021/01/29
  • interview with Bicep | ele-king

    前作から約3年半程のインターバルをおいて「上腕二頭筋の2人組」が2枚目のフル・アルバムを発表した。またも〈Ninja Tune〉からのリリースである。〈Ninja Tune〉とバイセップの相性はとても良さそうで、特定のジャンルに囚われないスタイルや、どこかギークっぽい部分も見せながら洗練されたサウンドやデザインが光る部分など共通項はとても多い。彼らの代名詞とも言えるブログ「FeelMyBicep」もペースが早まることもなければ遅くなることもなく、黒い無機質なバックグラウンドのブログページに毎月淡々と自分たちが気に入ったアーティストのミックスや音源を紹介していくスタイルは2008年にスタートさせた当初から何も変わっていない。イギリス国内で1万人規模の公演チケットを即完売させるまでの人気に上り詰めても地に足をつけた活動があるからこそ、彼らのアイデンティティーはブレることなくより先へ先へと進化し

    interview with Bicep | ele-king
    hyougen
    hyougen 2021/01/26
  • R.I.P. Phil Spector | ele-king

    新型コロナウイルス感染による合併症でフィル・スペクターが亡くなった。命日は2021年1月16日、享年81、女優ラナ・クラークスン殺人容疑で有罪となり、キャーフォーニャ州立刑務所の薬物中毒治療施設に収監されていた(*1)。 合掌。……お直り下さい。 前世紀末1980年代半ばのある晩、行きつけの呑み屋でザ・ルーベッツの “シュガー・ベイビー・ラヴ” が有線放送から流れた。それを聞きながら「フィル・スペクターの流儀は時代を超えて続いているのだな」と、わたしはひとり納得していた。ところが同曲は1973年のイギリス人たちによる録音作品であり、彼の遺産は20年以上の歳月だけでなく、大西洋も超えていたのだ。 永遠の循環進行で「シュバッシュバリバリ」とスキャットを繰り返す男声ハーモニー多重層、前面には「アハー」と高音域のファルセトーが出て来る。他愛のない、しかし永遠に揺るがない愛の真実が唄われ、後半には低

    R.I.P. Phil Spector | ele-king
    hyougen
    hyougen 2021/01/26
  • The KLF──映画『暗黒時代へようこそ』 | ele-king

    元旦からサブスクを開始したKLFだが、今度は彼らの映画が公開され、話題だ。タイトルは『Welcome to the Dark Ages(暗黒時代へようこそ)』、彼らのピラミッド建設計画のドキュメンタリーとなっている。 どういうことか説明しよう。KLFが音楽業界を去り、100万ポンドを燃やしてから23年後、ビル・ドラモンドとジミー・コーティはふたたびタッグを組むことにした。しかしそれはポップ・グループとしてではなく葬儀屋としての新しい取り込みで、具体的には死者の灰を含む23グラムの34952個のレンガによってリヴァプールに巨大な人民のピラミッド(People's Pyramid)を造ること──。 彼らが100万ポンドを燃やした1994年8月23日からちょうど23年後となった2017年8月23日0時23秒のことである。60を過ぎた白髪のふたりは、改造したアイスクリームバンを運転し、リヴァプール

    The KLF──映画『暗黒時代へようこそ』 | ele-king
    hyougen
    hyougen 2021/01/15
  • interview with Phew | ele-king

    Home > Interviews > interview with Phew - いまは当に、日常を繰り返すこと。それを自分に決めています Phewがアーカイヴ・レーベルをあまり評価していないことは、驚くにはあたらない。関西のパンク・グループだったアーント・サリーの解散後、これまで日で出されたなかで(ついでに言うなら、それ以外のどこもすべてひっくるめたなかで)もっとも際立ったソロ・デビュー・アルバムをリリースしてからの40年、彼女には、過去の栄光を利用するという選択肢もあったはずだ。が、そのかわりにPhewは、ここ数年間、キャリアのなかでいちばん強力な音楽を制作している。それも2010年代にエレクトロニック・ミュージシャンとして注目に値する再生を遂げたあと、続けざまにだ。 2015年に『ニュー・ワールド』をリリースしたあと、Phewが作りあげてきたのは、完全に異彩を放つもので、ドロー

    interview with Phew | ele-king
    hyougen
    hyougen 2020/09/24
  • Phew | ele-king

    hyougen
    hyougen 2020/09/24
  • 政治で音楽を救う(音楽で政治を救う?) | ele-king

    音楽はただの音楽だ。政治を持ち込むな」 Ele-kingのようなメディアの読者であれば、すでにこの声明には反対している可能性が高いだろう。 2020年という惨憺たる年が、世界中の人びとの人生をこれまでにないほど揺るがし続けるいま、この考えをさらに推し進め、問いかけてみる価値がある──「そもそも音楽は、政治的でなくても妥当性があるのか?」と。 第一に、“政治的”が何を意味するのかを少し考えてみる必要がある。政治はしばしば、“問題(イシュー)”や“アクティヴィズム(行動主義)”の同義語として(たいがい否定的な意味合いで)、政府や社会の問題に直接の関与を示唆する言葉として理解される。例えば、ビリー・ブラッグ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやラン・ザ・ジュエルズなどの一部の音楽は、たしかにその意味では政治的である。しかし音楽は、人間の生活や経験──人間関係、日々の葛藤、仕事友人、家族との関

    政治で音楽を救う(音楽で政治を救う?) | ele-king
    hyougen
    hyougen 2020/09/16
  • 「実用向け音楽」の逆襲 | ele-king

    この度、〈Pヴァイン〉の新たなリイシュー・シリーズ「A JOURNEY TO LIBRARIES」が始動し、第一弾として2タイトルがリリースされた。これを機会に、ライブラリー・ミュージックとはいったいどんな音楽なのかをイントロダクション的に紹介しつつ、その魅力について考えてみよう。 ライブラリー・ミュージックとは、主にヨーロッパを中心とした各地で制作された(ている)、非市販音楽の総称である。一般的に、テレビ映画、ラジオ、CM等の放送業界では、その映像コンテンツになにがしかの音楽を使用する際、主に3通りの手段を用いる。一つは、既存市販音源を使用するパターン。ここでは、使用希望者は原盤を管理するレーベルと使用料の交渉のうえ覚書を結び(新譜作品などの場合、当該楽曲のプロモーションを企図する「タイアップ」という扱いで、使用料が免除されることも多々ある)、著作権管理団体(JASRAC等)へ使用申請

    「実用向け音楽」の逆襲 | ele-king
    hyougen
    hyougen 2020/06/10
  • R.I.P Florian Schneider | ele-king

    談:ダニエル・ミラー クラフトワークがいなければ、いま巷で聞かれるようなタッチのサウンドや音楽はなかっただろうし、彼らなしにはMUTEも存在しなかったでしょう。彼らは単に私にインスピレーションを与えただけでなく、エレクトロニック・ミュージックを生み出すプロセスそれ自体を理解させてくれたのです。 私はここ数年、フローリアンと数多く会うことが出来てすごく幸運でした。彼と最後に会ったのはデュッセルドルフで、彼が持っているスタジオ近辺を熱心にしかも面白おかしく案内してくれたのでした。例えば彼が見せてくれたのは戦前に作られた電子機器で、それは当時ひと山幾らといったガラクタのなかから買ったそうなのですが、結局一度もちゃんと動かなかったそうです。 また私がフローリアンからオリジナルのクラフトワークのヴォコーダーを購入したのも、とても幸運な出来事でした。実は、そのヴォコーダーはイーベイを通して購入したので

    R.I.P Florian Schneider | ele-king
    hyougen
    hyougen 2020/05/08
  • R.I.P. Krzysztof Penderecki | ele-king

    hyougen
    hyougen 2020/04/11
  • Ronin Arkestra | ele-king

    hyougen
    hyougen 2020/02/24
  • 元ちとせ | ele-king

    ──坂慎太郎、ティム・ヘッカー、坂龍一らの参加したリミックス盤を紐解く 文:松村正人 Nov 28,2019 UP 私は元ちとせのリミックス・シリーズをはじめて知ったのはいまから数ヶ月前、坂慎太郎による“朝花節”のリミックスを耳にしたときだった、そのときの衝撃は筆舌に尽くしがたい。というのも、私は奄美のうまれなので元ちとせのすごさは“ワダツミの木”ではじめて彼女を知ったみなさんよりはずっと古い。たしか90年代なかばだったか、シマの母が電話で瀬戸内町から出てきた中学だか高校生だかが奄美民謡大賞の新人賞を獲ったといっていたのである。奄美民謡大賞とは奄美のオピニオン紙「南海日日新聞」主催のシマ唄の大会で、その第一回の大賞を闘牛のアンセム“ワイド節”の作者坪山豊氏が受賞したことからも、その格式と伝統はご理解いただけようが、元ちとせは新人賞の翌々年あたりに大賞も受けたはずである。すなわちポップ

    元ちとせ | ele-king
    hyougen
    hyougen 2019/11/29
  • 高柳昌行ニュー・ディレクション・ユニット | ele-king

    芸術に完全はなく、完全なきが故に生命を賭け立ち向かい、挑んで行くのが音楽家の業である筈だ。(高柳昌行「フリー・フォーム組曲ライナーノーツ」) モダン・ジャズの俊英として音楽界に登場し、しかしアメリカのジャズの真似事やフォルムの新奇性に汲々とする人々に見切りをつけ、ジャズを求める根拠を掴み取るべくフリー・フォームの音楽を探求し、そしてもはやジャズとは似ても似つかないサウンドを創出し、結果的には出自を異にするはずのメルツバウや非常階段をはじめとしたノイズ・ミュージックと同列に語られることもある人物。そのように時代を画し続けた20世紀の日のギタリストは高柳昌行を措いて他にいない。日のフリー・ジャズ第一世代のミュージシャンであり、ギター・ミュージックとしてのフリー・ジャズを確立/発展させた異才。あるいはモダン・ジャズの傍流に位置づけられていたレニー・トリスターノに多大な評価を捧げることによって

    高柳昌行ニュー・ディレクション・ユニット | ele-king
    hyougen
    hyougen 2019/07/30
  • Yosuke Yamashita Trio | ele-king

    hyougen
    hyougen 2019/06/30
  • 内田裕也さんへ──その功績と悲劇と | ele-king

    内田裕也(1939.11.17-2019.03.17)さま 2019年3月17日、あなたの訃報には驚きました。樹木希林夫人の葬儀への列席の際など、ここしばらくテレビで拝見する時は決まって車椅子に乗っておられましたし、通常の速度での会話もままならぬ様子に、「何故この人は身体を弱くしてしまったのだろう、まだ若いのに……」、と疑問を感じていました。死因は「肺炎」との事でしたが、癌などで治療中の人間が亡くなっても直接には「肺炎」となる事が多いと聞きました。わたしの父親も同じでした。やはり他にも大きな疾患があったのではないでしょうか。とにかく驚きました。 ここ30年ほど、あなたは「ロックンロール」と「シェケナベイビー」、これらふたつのキイワードで世間を渡っていたという印象があります。2014年には指原莉乃と「シェケナベイベー」というシングル盤(エイベックス AVCD-48977/B)を出していました

    内田裕也さんへ──その功績と悲劇と | ele-king
    hyougen
    hyougen 2019/05/24
  • R.I.P. 遠藤ミチロウ | ele-king

    最初に聴いたのは「スターリニズム」という7インチだった。報道では、「遠藤ミチロウはパンク・ロックのゴッドファーザーと呼ばれている」などと書かれているが、どうなんだろうか。 というのも、スターリンが登場したときはUKではパンクはすでに過去のもので、「スターリニズム」がリリースされた1981年においてはポストパンクすらも過渡期を迎えようとしていた。この年PiLは『フラワーズ・オブ・ロマンス』を発表し、ジョイ・ディヴィジョンの残党がニュー・オーダーを始動させている。ザ・スペシャルズが最後の力を振り絞って「ゴーストタウン」を出して、ザ・レインコーツがセカンドを、ニュー・エイジ・ステッパーズが最初のアルバムを発表している。パンクが終わり、アンチ・ロックンロール主義的なポストパンクが沸点に達しているときに、「スターリニズム」の1曲目に収録された“豚に真珠”のパンクのクリシェ(常套句)というべきサウンド

    R.I.P. 遠藤ミチロウ | ele-king
    hyougen
    hyougen 2019/05/04
  • 第一回 | ele-king

    ちょうど日に、メジャーなサブスクリプション・サービス(AppleMusic)がやってきた2015年のあの時期を起点として、実を言って私はリスナーとしてある種の虚脱状態に陥っていました。かさばるジュエルケースのなかにあるCDという銀盤、ローティーンの頃から人生におけるかなりの労力と時間を賭して収集してきたそれは、今や自分の以外の誰もがアクセスできてしまう〈データ〉に成り下がったのでした(私のような人間にとって、サブスクリプション・サービスというのは初め、そうやって個人が収集してきた〈秘匿〉が暴かれたような気分にさせるものとして現れました)。 一方で同じ時期、それへの反動として、アナログ媒体たるヴァイナルへの人気がピークを迎えつつあり、かねてより並行してヴァイナルを蒐集していた私も少なからず歩調を合わせようとしてみたりもしたし、一定の愉しさも味わったのでした。また同時に、数々の〈新しい音楽

    第一回 | ele-king
    hyougen
    hyougen 2019/02/25
  • 大胆不敵な音楽の熟達者たち――AMM論 | ele-king

    黙殺された歴史 「極北実験音楽の巣窟」を掲げ、一般的なメディアでは取り上げられることの少ないコアな音楽を数多く取り扱っているレコード・ショップ「オメガポイント」の新譜紹介コメントに、英国の即興集団 AMM がいま現在置かれている状況が端的に示されているように思う。まずはその文言を引用しよう。 説明の必要もない英国実験音楽の象徴だが、10年くらい前にピアノのティルバリーが抜けて、残りの二人だけでAMMを名乗っていた。それがいつの間にか三人に復活!(*1) 紹介文として適切だから引用したのではない。むしろここに書かれていることには致命的な誤謬が含まれている。およそ10年前に AMM を脱退したのはジョン・ティルバリーではなくギタリストのキース・ロウだ。さらに言えばティルバリーはそもそも AMM に途中から加入したメンバーであるし、結成から50周年という記念すべき節目に三人が集った極めてモニュメ

    大胆不敵な音楽の熟達者たち――AMM論 | ele-king
    hyougen
    hyougen 2018/08/24