その際、重さおよそ53キロの灯籠の先端の石が外れ、下敷きになりました。後閑さんは病院に運ばれましたが、腹を強く圧迫されていておよそ3時間後に死亡が確認されました。 警察によりますと、この日は地元の大人や子ども合わせておよそ30人が公民館に集まり、20日と21日行われる祭りの準備などをしていて、当時、後閑さんは子どもたち数人と神社で遊んでいたということです。 警察は、事故の状況を詳しく調べています。
中国で先月、ビルから飛び降り自殺しようとしている若い女性を見物しに集まった観衆から「早く飛べよ」とはやし立てる声がいくつも上がった、というニュースを聞いたとき、私はとっさに、10年以上前に私から離れていった友人の引きつったような顔を思い出したのだが、少なくない中国人が思い出したのは魯迅の文章の一節だったらしい。 自殺の一件は、飛び降りた女性が「#MeToo」で世界的に問題意識が高まっているセクハラの被害を受けていたこともあり、日本でも比較的大きく報じられたので、ここでは概要のみまとめる。 中国内陸の甘粛省慶陽という町に住む李さんという19歳の女性は、2年前から教師によるセクハラ被害に遭っていた。しかし学校側は問題の解決に消極的で、かつ支援に当たった心のケア担当の人物が専門家でなかったこともあり、李さんはさらに心を病んでしまう。そして先月20日、自ら命を絶つ道を選んだ李さんはビルの8階から飛
第一の壁となった3000件の「用地取得」。限界まで努力したが、涙を飲んで法手続に着手――外環道(千葉区間)開通の裏側に迫る<第1回> 6月2日、いよいよ東京外郭環状道路(通称「外環道」)の千葉区間(三郷南IC~高谷JCT)が開通した。このプロジェクトに費やされた時間は約50年、総費用は約1兆5000億円にものぼる。もちろん、すんなりと開通の日を迎えられたわけではなく、この50年の間にいくつもの高くて分厚い壁がプロジェクトメンバーの前に立ちはだかった。そこで共同で事業を進めてきた国交省と東日本高速道路株式会社(NEXCO東日本)の両現地責任者や現場スタッフに取材。外環道千葉区間開通プロジェクトの知られざる“真実”に迫った。 慢性的な渋滞を減らすだけではない ▲外環道 東京外郭環状道路(以下、外環道)はその名の通り、首都圏の少し外側、半径約15kmのエリアを結ぶ延長約85kmの環状の幹線道路で
自分に才能がないことなんてもう何年も前に気付いていて、ただ雑用含めて色々やるからっていう便利屋ポジションだけ死ぬ気で確保してかろうじてチームにしがみついているけどもう色々と限界。 今年30になる。去年から、出場機会はどんどん減って来てる。 いつ首になってもおかしくないし、そもそもチーム自体が底辺チームなんで存続出来るのかって状況。チーム解散もとっくの昔に視野。けど周囲のメンバーは全然危機感ない。焦ってるのかどうかすら良くわからん。俺と大して変わらない実績しかなくて、チーム解散ってことになっても他チームに移籍なんか出来んのかって気がする。ただ、ぬるま湯のような環境から抜け出す気概も気力もない。こういうのを腐ったっていうなら、もう俺は何年も前に腐り切ってしまった。 けど、俺なんか高卒でこの世界入って、本当にここ以外のこと何も知らないし、もしどこもとってくれなくて就職しなきゃなんてことになっても
Google ストリートビューに映し出されていた風景が、ジャッキー ケニーさんを思いがけない場所へといざないました。彼女と同じように広場恐怖症に苦しんでいる人は、世界中に何千人もいると言われています。外出することは彼女にとって大きなストレスで、考えるだけでパニック発作が起こるほど。「買い物に行く」、「仕事に出かける」といった日常的な行動さえままなりません。彼女に平穏が訪れるのは家の中にいるときだけ。外界との間に大きな壁が立ちはだかって彼女の世界を狭めていました。 ある日のこと、Google ストリートビューを見ていたジャッキーさんにあるアイデアが浮かびました。ストリートビューの撮影車を犬が追いかけている、そんな印象的な写真に出会ったときのことです。彼女はフレームの構図を合わせて、スクリーンショットのボタンをクリックしました。そして思ったのです。
昨年から今年の春にかけて公開され、多くの話題を集めた映画、「この世界の片隅に」。 戦争という「大きな物語」に埋もれ、これまで語られてこなかった「本当の意味での日常」を描いたこの作品は、多くの人たちに発見、共感、感動を与えました。 「戦争の知らなかったを伝える」メディアとしてスタートした70seedsも「この世界の片隅に」の監督である片渕須直監督にインタビューを行いました。私たち編集部は、これからも人びとの「日常」という「小さな物語」を伝えていくメディアでありたいと思っています。 今回ご紹介するのは、戦争という「大きな物語」に飲まれ、翻弄されながらこの世界の片隅で生き続けてきた、1人の男性の物語。 長野県で丸山自動車を営む、丸山竹嘉さん。御年89歳。 私、編集部インターン丸山の祖父です。 14歳のころ満蒙青少年開拓義勇軍の一員として、満州に渡った経験を持つ祖父。 今回はそんな「おじいちゃん」
突然ですが! 一昨日から昨日にかけて、ナツメグの大量摂取で入院してました!笑 もう退院してるし元気なので、くれぐれも、くれぐれも心配し過ぎず、ここから先を読んでくださいね! わーえっちゃん昨日大変だったんだなーってくらいで。 あと私がセーラー戦士ってことは秘密にしてあるので突っ込まないでください。 以下、長いです! まじで、超しんどかった!!ナツメグを1瓶まるごと入れたハヤシライスを作って(この時点で話に着いていけないとか言わないで。ナツメグ大好きなの。私の性格わかって。) 超お腹すいてたから3皿くらいルーだけおかわりして食べたの。スパイシー!ナツメグ美味しいー! さらに写真撮るときは2瓶目のナツメグを上からかけて、ナツメグパラダイス!とか思ってた。 あたし全く知らなかったんだけど、ナツメグって、、大量に摂取すると幻覚作用とかあるの知ってました!? うちのナツメグは1瓶で15グラム入ってる
母と私の住む家は、1975年に亡父が建てたものだ。築40年超。 建築基準法は1981年に大改正されて、それ以降の新築の建造物は厳しい耐震基準をクリアしなくてはならなくなった。我が家はそれ以前の“古い”建物である。 とはいえ、建物自体はかなりしっかりとしている。建築の頃は盛んに、「第二次関東大震災が来る」と言われていたこともあって、父が建築を任せた地元の工務店にうるさいぐらいに「がっちり作れ」と要求し、毎週のように工事現場を見回ったからだ。 2015年7月、肩脱臼をきっかけに母の生活の拠点を、2階の自室から、1階の応接室に降ろした。その夏を過ごす中で、認知症老人が築40年の古い家で生活することの問題点が見えてきた。 古い家は断熱性が悪い 最初に発覚した問題は、断熱が悪いということだった。 介護用ベッドを置いた応接間は、夏は暑く、冬は寒い。夏はエアコンを効かせていても汗をかきそうだし、冬になる
ヒロシマ平和公園の四季「ヒロシマのこころ」とは、報復の連鎖を断ち切ること。 広島平和公園の碑めぐりのガイドをしている"たっちゃん"が、 平和公園の四季を通じて「ヒロシマのこころ」を届けます。 広島城公園内の被爆建物「旧司令部通信室」前でお会いした岡ヨシエさんの手記をアップします。その場にいた東京の私立中学校の生徒さんにお届けします。 「交換台と共に」 岡(旧姓大倉)ヨシエ 昭和20年8月6日。 忘れることの出来ない日である。 私はその朝、前夜から勤務していたので、中国軍管区で朝をむかえた。 昨夜はいつになく多かった敵機の侵入のため、一寸ぼけた頭で朝食を済ませ、真っ青に晴れ上がった空をあおぎながら元気をとりもどして、交替迄の勤務に壕に入った。 今日は何時もよりおそい交替だなあと心の中で思って居る中に、8時頃より敵機の侵入である。そしてすぐ去る。 “空襲警報解除” ほっとする気持も束の間、又敵
2015年の春、母がアルツハイマー病を発症したという事実は、徐々に母の親戚や交友関係に広がっていった。経路は主に電話だった。 この時期、母はまだ電話の応対ができたが、それでも「様子がおかしい」と気が付く人もいる。そんな人は、私が電話に出ると「最近どうなさったのでしょうか」と聞いてくる。 それとは別に「このところ水泳に来ていませんがどうなさいましたか」「もうずいぶんとコーラスのサークルにいらっしゃっていませんけれど、具合でも悪いのでしょうか」といった電話もある。最初のうちは、適当にごまかしていたが、やがてごまかすわけにはいかなくなった。 「実は認知症を発症しまして……」 と説明すると、大抵は息を呑み、「お大事になさってください」という言葉と共に電話を終えることになる。中にはお見舞いを送ってきてくれる人もある。それは大変ありがたいことなのだが、どうにも対応に困るものもあった。 「これを飲んでみ
1978年東京生まれ。酒場ライター。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター・スズキナオとのユニット「酒の穴」としても活動中。 毎朝、仕事をしに会社に行くのが楽しくてしかたがない、という方はとても幸せですね。 だけど世の中そううまくいくことばかりでもなく、「今日もまた憂鬱な時間が始まるのか……」なんて思いつつ、生活や家族のために日々がんばっている方も大勢いらっしゃると思います。 そんな日々の中で、誰もが一度は(もしくは毎日)、「あぁ、今日は会社と逆方向の電車に乗って、どこか遠くへ行ってしまいたい……」なんて考えたことがあるんじゃないでしょうか? もちろん僕もありまくりなんですが、ふと、ある「とんち」を使えば、「どこか遠くへ」と「会社にも行く」を両立できるのでは? と、チーン! と思いついたのです! って、ちょっと大げさですが、要するに、「早起きして逆方向の電車で遠くへ行っ
5月1日号の日経ビジネスのスペシャルリポート「限界突破集落」では、高齢者が過半数を占め、コミュニティーの消滅が危惧される「限界集落」の中で、住民や地元企業の工夫で「限界」を超えようとする挑戦を取り上げた。 都心に住んでいる人間には想像しにくいことかもしれないが、限界集落の中には最低限のインフラすら揃わないまま生活を送っている住民がいる。大分県豊後高田市の中黒土集落もその1つ。つい6年前までマンガンを基準の32倍含む「黒い水」を生活用水として使ってきた。集落を変えたのは住民自らが管理する小型浄水設備だ。 「風呂の底が見えた!!」 大分空港からクルマで1時間、国東半島の両子火山群の中にある中黒土集落(大分県豊後高田市)。ここで奇妙な歓喜の声が上がったのは2011年のことだった。 この年、初めて集落に水道設備ができたのだ。それまでは上の写真右側の「黒い水」を生活用水として使っており、風呂の底も見
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