文/多和田葉子(作家) 「いのち」という言葉のあやうさ 「稲」という言葉は、「いのちの根」から来ているという説がある。ご飯をじっくり噛んでいると、いのちが生まれる。これは、なかなか歯ごたえがあるいのちだと思う。 またそれとは別に、「いのち」の「い」は「息吹く」という言葉から来ているという説もある。「自分で呼吸することが生きることなのだ」という意味なら納得がいくが、そうではなくて、どうやら「神々に息を吹き込まれて人間が生命を得る」という意味らしい。 そうなると、いのちは外から入れてもらった空気みたいで、もしかしたら自転車のタイヤみたいに簡単にパンクして空気が抜けてしまうこともあるのではないかと不安になる。実際、いのちは失われやすいものかもしれないのだ。 「いのち」という日本語には、英語の「ライフ」やドイツ語の「レーベン」と違って、「生き方」、「実生活」、「人生」という意味はない。生命体として