眠れぬ夜に鮭は裸足で外を歩き回りながら、今から約二〇年も前に彼が小説家を目指していた頃気まぐれに書いた詩を朗読し、街灯の下では今でもあの夏の思い出が忘れられないという乾ききったサラリーマンが細かく切った新聞紙のなかに体をうずもらせている。それが私の家の窓から見える夜の風景であり、救いようがない日常を暗示した、ささやかな小劇場だった。カーテンを閉めても、その光景ははっきりと映画館のスクリーンのように布地に映し出され、そして、私たちは沈黙を埋めるようにしてひっきりなしに煙草の煙を吐き出しながら、揺れ動く影を眺めて過ごしたものだった。眠れぬ夜に鮭が読み聞かせてくれる詩を引用しよう。私は、その内容を一字一句覚えている。今では思い出すことができない女の顔と引き換えに、記憶へと正確に刻み込んだのだ。 それぞれお同じ顔をしたこどもたちが父親の前にまとわりつくと いっせいに同じ質問を投げかけた 「おとうさ
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