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ファンタジーとつばさに関するoukastudioのブックマーク (134)

  • つばさ 第二部 - 第七章 第三節

    久しぶりのカセルはどこかすべてが懐かしく、それでいてひとつひとつが新鮮だった。 以前はよく訪れていたというのに、気がつくと遠ざかってしまい、思えばもう四年以上もこの地に足を踏み入れたことはなかった。 そんなに経ったのか、という感慨が今さらながらに込み上げてくる。ノイシュタット侯を引き継いでからというもの、毎日が矢のように行き過ぎ、知らず知らずのうちに昔は当たり前のように行っていたことでさえできなくなっていった。 ――これが大人になるということなのか。 だとしたら、大人とはなんと退屈なものなのか。来したいこともできず、ただ似たような日々をくり返していく。 そうして、気がついたときにはもう、老いている。 「漫然と日々を過ごしていると、時間が経つのが早いものだな」 「どうしたのです? 急に」 椅子に座ったまま大きく伸びをしたフェリクスに、斜向かいにいるオトマルが驚いた。 「なに、退屈な毎日だと

    つばさ 第二部 - 第七章 第三節
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    oukastudio 2017/08/21
     久しぶりのカセルはどこかすべてが懐かしく、それでいてひとつひとつが新鮮だった。  以前はよく訪れていたというのに、気がつくと遠ざかってしまい、思えばもう四年以上もこの地に足を踏み入れたことはなかった
  • つばさ 第二部 - 第七章 第二節

    晩春から初夏への移り変わりは早く、日差しは確実に夏のものに近づいていた。 空から容赦なく照りつける陽光が、今は恨めしかった。ヴァイクは手をかざし、目を細めて天を仰いだ。 まだ暑いというほどではない。しかし、やや体力を奪われてしまうのが厄介だった。 翼をたたんだまま大地を歩きつづけ、前方に見えてきた円錐形の天幕へ向かった。 一歩一歩がいやに重く感じられる。 今はもう、八方塞がりの状態だ。新部族が大人数を動員してくれているにもかかわらず、ジャンとベアトリーチェの消息どころか〝虹〟の断片的な情報さえ摑めない。 話によれば、新部族はノイシュタットだけでなく帝国各地に拠点があるとのことだった。それでも、現状どうにもならない。 焦りばかりがつのっていく状況の中、最後の望みをかけて〝老師〟ことアオクを尋ねることにしたのだった。 少し緊張しながら、天幕の前に立つ。意を決して名乗ろうとすると、先に内側から声

    つばさ 第二部 - 第七章 第二節
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    oukastudio 2017/08/20
     晩春から初夏への移り変わりは早く、日差しは確実に夏のものに近づいていた。  空から容赦なく照りつける陽光が、今は恨めしかった。ヴァイクは手をかざし、目を細めて天を仰いだ。  まだ暑いというほどではない
  • つばさ 第二部 - 第七章 変化のとき

    朝の森は静かで、全体がやわらかい空気に包まれている。吹き抜ける少し冷えた風が、まだ寝ぼけたままの頭を明瞭にしてくれる。 早めに起きたジャンはひとり、木々のあいだを縫うように散歩していた。 いつの間にか、〝虹〟の面々の警戒はゆるくなって、ある程度自由に行動できるようになった。といっても、あとが怖くてとても逃げ出す勇気はない。 もっとも、ベアトリーチェがあえてここに留まるつもりのようなので、どちらにしろ離れられなかったが。 それにしても、自然の森は意外と変化が多彩だ。野生の生き物たちも目覚めたのか、ちょうど周囲が騒がしくなりはじめた。 風に揺らされた木々がまだ弱々しい陽光を散らし、小川を流れる水がそれを受けてきらめいている。 故郷の村が恋しくなることもあるが、こういうところも悪くないなあと純粋に思う。 ――あれ? ここ、どの辺だ? と焦った頃になって、近くに人の気配を感じた。捕らわれの身だとい

    つばさ 第二部 - 第七章 変化のとき
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    oukastudio 2017/08/18
     朝の森は静かで、全体がやわらかい空気に包まれている。吹き抜ける少し冷えた風が、まだ寝ぼけたままの頭を明瞭にしてくれる。  早めに起きたジャンはひとり、木々のあいだを縫うように散歩していた。  いつの間
  • つばさ 第二部 - 第六章 第六節

    「どうだった?」 開口一番、成果を問うたのは、夜の自室で待ちつづけていたアーデだった。 「駄目だ、手がかりすら見つからない。意図的に身を潜めているとしか思えない」 レベッカは翼をたたみながら、窓に腰かけた。 「まあ、この前のことがあったばかりだから、さすがに警戒してるのかもね」 「でも、これほど相手が身を隠す理由ってなんだろうね」 と、ナータン。 「決まってる、〝極光(アウローラ)〟と同じだ」 そう吐き捨てたのは、なぜか梁に足を引っかけて天上からぶら下がっているゼークだった。 「何かをしでかそうとしてるんだ、奴らは。だから、隠密裏に動いてる」 「でも、前のような大きい動きをまるで感じないんだけど」 「それだけ慎重にやってるんだろ」 「そうかなぁ」 ナータンが首をかしげるのも無理もない。〝虹〟は、以前の〝極光〟とは異質な部分が多々あった。 「そういえば、メルたちが言っていたことも気にかかるし

    つばさ 第二部 - 第六章 第六節
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    oukastudio 2017/08/17
    #つばさ #小説 #オリジナル小説 #ファンタジー
  • つばさ 第二部 - 第六章 第四節

    こんなにも空を飛ぶことを不快に感じたことはなかった。 厳密にはそれが嫌なのではなく今の気持ちを抱えたまま動くのが嫌なのだが、実質的には変わりなかった。 ――どこだ、どこだ。 必死になって二人の姿を捜し求めるものの、相変わらず手がかりすら見つけられない。これまでに二度、新部族のアジトへと戻ったが、誰もなんら有益な情報を得られないでいた。 焦るなと自分に言い聞かせても、ほとんど無駄だった。焦燥感は抑えようもなく、時間が経つほどにそれは苛立ちや明確な怒りへと変じていった。 ――アーベルの奴…… 自分が甘かったことを思い知らされる。 油断するべきではなかった、目を離すべきではなかった。こんな調子では、またマクシムに笑われてしまう。 それにしても、 ――ベアトリーチェ、どうしてあんなことを。 聡明な彼女ならわかったはずだ、アーベルの思惑を。注意していれば、見抜けないわけがない。 ――まさか…… 考え

    つばさ 第二部 - 第六章 第四節
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    oukastudio 2017/08/07
     こんなにも空を飛ぶことを不快に感じたことはなかった。  厳密にはそれが嫌なのではなく今の気持ちを抱えたまま動くのが嫌なのだが、実質的には変わりなかった。  ――どこだ、どこだ。  必死になって二人の姿を
  • つばさ 第二部 - 第六章 第三節

    眼下を、新緑の美しい森が行(ゆ)き過ぎていく。空は深く青く澄み渡り、今いる場所がそこに近いためか、真っ白な雲とのコントラストが鮮やかだった。 しかし、そんな目を瞠(みは)る光景とは裏腹に、ベアトリーチェの胸を罪悪感が支配していた。 ――当にこれでよかったのかしら。 誰にも言わず、誰にも相談せず、独断ですべてを行ってしまった。アーベルと外に出てから、自分はとんでもなく軽率なことをしてしまったのではないかと、いやおうもなく不安が込み上げてきた。 だが、もう後の祭りだ。こうしてここまで来てしまった以上、もはや仲間に知らせるすべもない。すべては、アーベルの胸先三寸にかかっていた。 ――でも、私は信じる。 アーベルは、けっして悪人ではない。それどころか、素直すぎるほどに素直な少年だ。他のみんなが疑っても、自分くらいは信じてあげたかった。 すでにかなりの距離を飛んでいた。途中、休憩を挟んだものの、も

    つばさ 第二部 - 第六章 第三節
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    oukastudio 2017/08/04
     眼下を、新緑の美しい森が行ゆき過ぎていく。空は深く青く澄み渡り、今いる場所がそこに近いためか、真っ白な雲とのコントラストが鮮やかだった。  しかし、そんな目を瞠みはる光景とは裏腹に、ベアトリーチェの
  • つばさ 第二部 - 第六章 第二節

    帝都リヒテンベルクの中央にある大神殿は、今日は常にないほど静まり返っていた。 というのも、神官の大半に暇を出したせいだった。あの騒乱以来、関係者はほとんど休みなしで復旧に努めてきた。 ようやくそのめどが立ったから休みを取らせたというのもあるが、裏の思惑は大神殿にいる人を減らし、これから行われる会議の内容を万が一にも聞かれないようにするためであった。 大神殿の一室、〝御使いの間〟には六人の大神官のうち四人が集(つど)っていた。それぞれが円卓の簡素な椅子に腰かけていた。 「アリーゴの奴は、まだ来ないのか」 「いえ、彼は今日来ません。疫病が流行った地方へ出ていますので」 「ご苦労なことだ。そんなことは、現場の神官に任せておけばいいものを」 鼻で笑った年配の男をライナーは睨みつけるが、人はどこ吹く風だった。 こんな人間としても最低の奴が大神官とは、とライナーは内心恫喝したい気分だったが、このフラ

    つばさ 第二部 - 第六章 第二節
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    oukastudio 2017/08/03
     帝都リヒテンベルクの中央にある大神殿は、今日は常にないほど静まり返っていた。  というのも、神官の大半に暇を出したせいだった。あの騒乱以来、関係者はほとんど休みなしで復旧に努めてきた。  ようやくその
  • つばさ - *

    帝都はあの騒乱以来、初めてと言っていいほどに活気のある賑わいを見せていた。 あちらこちらに露店が立ち、なし崩し的に中断させられた春の大祭を改めて楽しもうと、大通りは多くの人々でごった返している。 しかし、その盛り上がりとは裏腹に、まだまだ無惨な姿をさらしているところもあった。物資の配給が追いつかず、人手不足も深刻だ。騒乱の爪痕は、確かにまだ残っていた。 それでも、人々の顔には輝きが戻りつつある。 くよくよ悩んでいても仕方がない、泣く暇があったら体を動かす――口で言うのは簡単だが、実行するのはそれとは比較にならないほど難しい。それをなすことができる帝都の民はたくましかった。 まだ主要な大通りでさえ復旧が叶っていないところが多いというのに、これだけの人が集まっているのには訳があった。 今日は〝大葬祭〟が開かれる日であった。もちろん、あの騒乱によって犠牲となった人々の弔いのために催されるものだ。

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/06/23
    帝都はあの騒乱以来、初めてと言っていいほどに活気のある賑わいを見せていた。  あちらこちらに露店が立ち、なし崩し的に中断させられた春の大祭を改めて楽しもうと、大通りは多くの人々でごった返している。  し
  • つばさ - *

    犠牲者は二十三名。 今回の帝都騒乱の全体から見れば微々たるものでしかないのかもしれないが、〝新部族〟としてはあまりに痛く、また人数の多寡にかかわらずあまりに悲しいことであった。 「また、私は……」 どんな言い訳も許されない事実。 仲間が死に、自分が生き残った。 それは、みずからのために友を犠牲にしたことに他ならなかった。 先に逝ってしまったひとりひとりの顔が明瞭に思い浮かぶ。そのどれもが、これ以上ないというくらいに輝いていた。 ――私は、犠牲者が出るのを承知のうえで彼らを行かせた。 それはすなわち、自分が彼らを殺したということと同義であった。 逃れようとしても逃れられぬ罪。 あまりに重たく、そして苦しかった。 ――いっそ、私を恨んでくれたらいいのに。 何度も何度もそう思う。 しかし、けっして人を憎むような者たちではなかった。そんなだからこそ、なおいっそう申し訳なさが込み上げ、この胸を苛む。

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/06/22
    犠牲者は二十三名。  今回の帝都騒乱の全体から見れば微々たるものでしかないのかもしれないが、〝新部族〟としてはあまりに痛く、また人数の多寡にかかわらずあまりに悲しいことであった。 「また、私は……」  ど
  • つばさ - *

    「あーあ、ヴァイクの奴も行っちゃったか」 ナーゲルは木の上で思いきり伸びをしながら、手にある赤黒い布きれを握り直した。 ほとんど一瞬と言ってもいい短い間にすべてが終わってしまったことの虚無感。 まさか計画が完全に失敗するとは思わなかったし、まさか翼人最強のマクシムが倒されるとも思わなかった。 予想外の出来事の連続――しかし、これが戦なのだとも思う。 これまで大規模な戦いには参加したことがなかったが、実は思うとおりにならなくて当たり前だった。あれほどの広い範囲で、あれほどの人数が一度に戦ったのだから、想像どおりにことが運ぶと考えるほうが無茶というものだった。 中でも驚きだったのが、自分たちの他にはぐれ翼人の大きな集団が存在していたことだ。 しかも、おそろしく強い。 もし真正面からぶつかっていたら、こちらはこてんぱんにやられていたはずだ。先の戦いがそれなりに拮抗していたのは、状況が混乱していた

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/06/20
    「あーあ、ヴァイクの奴も行っちゃったか」  ナーゲルは木の上で思いきり伸びをしながら、手にある赤黒い布きれを握り直した。  ほとんど一瞬と言ってもいい短い間にすべてが終わってしまったことの虚無感。  まさ
  • つばさ - *

    この宮殿から見える帝都の景色は、わずかな時間で一変してしまった。 家屋の多くが潰れ、衛兵の詰め所など帝国の各施設も壊滅的な打撃を被った。 道は、飛行艇の落下と騎馬の疾走のせいで荒れ果ててしまっている。 そして、その壮麗さが諸外国でも絶賛されるほどの大神殿も、外壁のあちらこちらがはがれ落ち、今は見る影もない。 普通なら絶望感しか引き起こさないそんな光景でも、フェリクスはけっしてすべてを否定的にとらえているわけではなかった。 確かに、美しき帝都はほんの数時間のうちに呆然とするほどに破壊されてしまった。 しかし、その戦いが集結してからわずか数日のうちに、すでに驚くほど復興は進んでいた。破壊は早かったが、そこからの回復もまた早かった。 だが、どうにもまだ何かが終わったという気になれない。 反乱の首謀者であったゴトフリートは死に、翼人たちは去り、大神殿はバルタザルを大神官長から罷免することによって当

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/06/19
    この宮殿から見える帝都の景色は、わずかな時間で一変してしまった。  家屋の多くが潰れ、衛兵の詰め所など帝国の各施設も壊滅的な打撃を被った。  道は、飛行艇の落下と騎馬の疾走のせいで荒れ果ててしまっている
  • つばさ - *

    ただひたすらに体を動かす。 まだ風が吹けば肌寒い季節だというのに、自分とその周りにいる者たちはもう汗だくだった。 とにかく、やるべきことが多い。 家を失った人々が無数にいるから、当面、雨露をしのぐところを確保しなければならないし、糧が絶対的に不足しているから、諸侯から援助してもらわなければ現実問題としてどうにもならない。 瓦礫を運び出し、犠牲者の遺体を埋葬するだけも大ごとだった。数も量も半端ではない。人の遺体を物のように運ぶ作業は、精神に応えた。 ――これが人間の業というものなのかもな。 元はノイシュタットの近衛騎士であったヨアヒムは今、帝都の復旧に全面的に協力していた。 あの悲惨な戦いが集結したあと、ノイシュタット騎士団を正式に辞した。 同僚をはじめオトマル卿やフェリクス閣下までもが引き留めてくれたが、自分の気持ちに嘘をつくことはできなかった。 この一連の騒動は、自分の価値観を決定的に

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/06/18
    ただひたすらに体を動かす。  まだ風が吹けば肌寒い季節だというのに、自分とその周りにいる者たちはもう汗だくだった。  とにかく、やるべきことが多い。  家を失った人々が無数にいるから、当面、雨露をしのぐと
  • つばさ - >

    「あのな」 ベアトリーチェの頭越しに声が聞こえてくる。 マクシムはヴァイクのあまりに一方的な物言いに、なかば呆れたように反論した。 「このばかやろうが。俺だって人間も重い業の鎖に縛られていることくらい――」 だが、その言葉を最後まで言い切ることはなかった。 「え?」 声を上げたのはベアトリーチェだった。その左の肩口から、剣の切っ先が顔を覗かせている。 一番はじめに、その意味するところを悟ったのはヴァイクだった。 「マクシムッ! 貴様……!」 ベアトリーチェが、ゆっくりと俯せに倒れていく。それを急いで受け止めながら、ヴァイクは怒りと憎しみに燃える目を、仇のほうへきっと向けた。 そのときになってようやく現状を正確に把握した。 マクシムの左胸を、鈍色(にびいろ)をした小ぶりの剣が刺し貫いている。その巨体が目の前で、なす術なく頽(くずお)れていく。 その背後に立っていたのは、黒に近い紫色の翼をした

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    oukastudio 2013/06/15
    「あのな」  ベアトリーチェの頭越しに声が聞こえてくる。  マクシムはヴァイクのあまりに一方的な物言いに、なかば呆れたように反論した。 「このばかやろうが。俺だって人間も重い業の鎖に縛られていることくらい
  • つばさ - >

    ヴァイクは、久しぶりに戦慄を覚えた。 ――これがマクシムの当の実力なのか。 圧倒されるとはまさにこのことで、ほとんど何もさせてもらえない。 後手に回ってしまったのも痛かった。正攻法では勝ち目がないことは初めからわかっていた。 こちらは、常に動き回りながら相手の隙をうかがう戦い方をしなければならなかったのに、もはやその余裕はなく、相手もそうした戦法に慣れてきているようだった。 八方ふさがりとはまさにこのことだ。攻めることもできなければ引くこともできない。しかし、このまま耐えつづけていても、いつかはやられてしまうことは明白だった。 なんとかしなければならない。しかし、なんともならない。罠にはまって逃げ出せず、ただ死を待つしかない兎のような気分だった。 〝誰だって、窮地に陥るときはある。大切なのはそうなってもあわてず、あきらめないことだ〟 また、昔の言葉が頭の中で反響する。 〝世の中な、意外に

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    oukastudio 2013/06/13
    ヴァイクは、久しぶりに戦慄を覚えた。  ――これがマクシムの本当の実力なのか。  圧倒されるとはまさにこのことで、ほとんど何もさせてもらえない。  後手に回ってしまったのも痛かった。正攻法では勝ち目がない
  • つばさ - >

    「悔しいが、やっぱりあんたは強い。なのに、どうして間違った方向へ進んでしまったんだ」 この力量、そしてその器なら正道を歩むこともできたはず。 そうすれば、かつての仲間と敵対することもなく、余計な犠牲者を出すこともなく、より建設的に事を進めることができたろう。もしマクシムがその道を採っていたのなら、自分も喜んで協力した。 それが現実はどうだ。多くの無実の人々が一方的に巻き込まれ、そして死んでいき、〝極光〟でさえその犠牲者の数は尋常ではない。それなのに、その成果はほとんど見えていなかった。 これのどこに希望があるというのか。 これのどこに救いがあるというのか。 自分には絶望しか見えなかった。 だが……マクシムは、まったく違う考えのようだった。 「間違った方向、か。確かに端(はた)から見ていれば、そう感じるのかもしれない。だがな、理想の追求に犠牲は付き物なんだよ。すべてを求めて、すべてが得られる

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    oukastudio 2013/06/12
    「悔しいが、やっぱりあんたは強い。なのに、どうして間違った方向へ進んでしまったんだ」  この力量、そしてその器なら正道を歩むこともできたはず。  そうすれば、かつての仲間と敵対することもなく、余計な犠牲
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    それにしても―― 「なんて奴だ……」 完全に剣を引き抜いたマクシムのほうを見ながら、ヴァイクは内心、戦慄に震えていた。 こちらが背後をとったと思ったとき、うしろを振り返らずに勘だけで強引に横に薙ぎ払ったのだ。 しかも無茶な攻撃を放ったことで体勢が狂ったはずなのに、間髪を入れずに詰め寄ってきた。 恐るべきその戦闘能力。恐るべきそのセンス。 翼人最強というその称号は、だてではなかった。 だが、衝撃を受けているのは、かならずしもヴァイクだけではなかった。 「それはこっちの台詞だ。まさかすべての攻撃をことごとくかわされるとは思わなかったぞ」 ここまで四撃。 そのいずれもが、普通ならばほぼ確実に相手を仕留めているはずのものだった。しかし反対に、すべてをものの見事にかわされ、かすり傷ひとつ負わせることもできなかった。 これは驚愕すべき事実だったが、マクシムはむしろうれしそうに微笑んでいた。 「ひとりの

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    oukastudio 2013/06/11
    それにしても―― 「なんて奴だ……」  完全に剣を引き抜いたマクシムのほうを見ながら、ヴァイクは内心、戦慄に震えていた。  こちらが背後をとったと思ったとき、うしろを振り返らずに勘だけで強引に横に薙ぎ払っ
  • つばさ - *

    雨が羽を重く濡らし、翼の動きを阻害する。体は命のない石のように冷え、指先の感覚が失われていく。 ヴァイクは、必死になってある人物を捜していた。 いうまでもない、かつての義兄弟であり最も尊敬する戦士でもあったマクシムである。 自分でも、なぜ彼を求めようとするのかよくわからないところもある。 だが、知りたい。 過去に何があったのか、マクシムが何を考えているのか、そして、これからどうしようとしているのか――こちらからすれば、どれもこれもわからないことばかりだった。 帝都の西にある森へ急いだ。上空には得体の知れない飛行艇が一隻、不気味に漂っている。この状況であえて出てきたのだ。おそらく、何かをしでかすつもりに違いない。 ヴァレリアは大丈夫だろうか、とふと思う。勢いに任せて置いてきてしまったが、これだけの混乱だ、何が起きても不思議はない。 ――まあ、大丈夫だろう。 と、安易に考えるのも訳があった。

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/06/10
    雨が羽を重く濡らし、翼の動きを阻害する。体は命のない石のように冷え、指先の感覚が失われていく。  ヴァイクは、必死になってある人物を捜していた。  いうまでもない、かつての義兄弟であり最も尊敬する戦士で
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    だが、ゴトフリートの異変に気づいたのはそのときだ。 額に大粒の汗をかき、呼吸が荒くなっている。 それでもゴトフリートは、それを意に介した様子もなく話しつづけた。 「だがな、フェリクス。罪はいつか精算せねばならん。それもまた世の理(ことわり)なのだよ」 「悪をなせば、その分、かならずみずからに返ってくる――小父上が以前からよくおっしゃっていることですね」 「そうだ。だから私も……そのときが来たのだ」 「!」 まさか、と思った。 目の前で、ゴトフリートがくず折れるようにして椅子に腰かけた。背もたれに上半身を完全にあずけたその姿は、明らかに常軌を逸していた。 「小父上!?」 「あの薬師(くすし)め……頼んだとおりではあるが、効くのが遅すぎるわ」 いつも無表情なレナートゥスのことを思い起こし、ゴトフリートは苦笑を浮かべようとしたが、それさえもままならない。顔は無意識のうちにも歪み、その苦しみがあり

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    oukastudio 2013/06/09
    だが、ゴトフリートの異変に気づいたのはそのときだ。  額に大粒の汗をかき、呼吸が荒くなっている。  それでもゴトフリートは、それを意に介した様子もなく話しつづけた。 「だがな、フェリクス。罪はいつか精算せ
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    あれは当にひどい戦だった。もちろん、『いい戦』など初めからあるはずもない。だが同じ戦でも、あのときのものは記憶がまったく薄らぐことがないほどに激しく、そして悲惨なものであった。 「過激な手段をとったそうですね、反乱者に手こずって」 「よく知っているな、当時のことはほとんどが内密にされたはずだが。それに、お前はまだ幼かった」 「ライマルから聞いたんです。あくまで噂としてですが」 「おお、あの道化か。自分の能力を巧みに隠す術を知っている」 「……気づいておられたのですか」 「当然だ。物の男というのは、黙っていてもその霊光(オーラ)が内側からにじみ出るものだ」 ゴトフリートは、いつも気のない振りをしていながら、その実、常に鋭い感性を張り巡らしている若い男の顔を思い出し、薄く笑った。 「そのローエ侯の言うとおりだ。我々は予想外に手こずっていた。ロシー族と、そして翼人に」 「やはり、翼人も加わっ

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    oukastudio 2013/06/08
    あれは本当にひどい戦だった。もちろん、『いい戦』など初めからあるはずもない。だが同じ戦でも、あのときのものは記憶がまったく薄らぐことがないほどに激しく、そして悲惨なものであった。 「過激な手段をとった
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    オトマルが覚悟を決めた頃、フェリクスはすでに上階への階段を駆け上がっていた。 思ったとおり、立ちはだかる者はまったくない。時おり人の姿を見かけるが、訓練を受けた兵士ではないようだった。 三階まですぐに来たが、迷わずさらに上を目指す。 あえてここに留まったのなら、より遠くまで見渡せる最上階にいるのが当然だ。もしかしたら、そのさらに上にある小塔にいる可能性もあった。 ――しかし、きついな…… 弱音を吐いている場合ではないことはわかっているが、さすがに鎧をまとったままでの全力疾走は骨が折れる。 フィデースで負った怪我の状態も思わしくなく、ひょっとしたらすでに傷口が開いているかもしれない。 部下たちも限界ぎりぎりのところで、体を張って奮闘をつづけている。自分だけが苦しいのではない。将として、これくらいのことで負けるわけにはいかなかった。 ――こうなったら―― 右手に握っていた剣を放り投げた。あえて

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    oukastudio 2013/06/07
    オトマルが覚悟を決めた頃、フェリクスはすでに上階への階段を駆け上がっていた。  思ったとおり、立ちはだかる者はまったくない。時おり人の姿を見かけるが、訓練を受けた兵士ではないようだった。  三階まですぐ