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ファンタジーとつばさに関するoukastudioのブックマーク (134)

  • つばさ - *

    「まったく、無茶をなさいますね、殿下は」 「無茶をするしかない状況なんだから、仕方ないでしょう」 二人がいつものように言い合いをしながら、いつもとは違うところを進んでいた。 アーデは馬車に、ユーグは馬に乗って、きれいに舗装されているとは言いがたい道を北東へと向かっているところだ。 二人の前後には、数多くの護衛の兵士たちが付いている。 「でも、今回はユーグだって賛成してくれたじゃない」 「渋々、ですが」 「渋々だろうが嫌々だろうが、賛成した以上は同罪よ」 「相変わらずの横暴さですね」 ユーグはこめかみに手をやって、あからさまに天を仰いでみせた。 アーデらはかねてからの予定どおり、都市デューペの近くにあるシュテファーニ神殿へ向かっているところだった。 すべては帝都の動向をより早く探るため。 これから、リヒテンベルクで何かが起ころうとしていることは疑いようもない。それに迅速かつ的確に対処するため

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/16
    「まったく、無茶をなさいますね、殿下は」 「無茶をするしかない状況なんだから、仕方ないでしょう」  二人がいつものように言い合いをしながら、いつもとは違うところを進んでいた。  アーデは馬車に、ユーグは馬
  • つばさ - *

    ジャンは、焦燥感に駆られていた。 ――まさか、こんなことになろうとは! ヴァイクに対して申し訳が立たない。ベアトリーチェを任されたというのに完全にはぐれ、日も陰ってきた時間になっても未だ見つけることはできないでいた。 先ほど神官と交わした言葉が、まざまざと思い起こされる。 『いくら治安のいい帝都とはいえ、暗くなってからの女性のひとり歩きは、かなり危険ですよ』 初めは、ベアトリーチェも大人なんだからいちいち構う必要はない、そのうち戻ってくるだろうと楽観視していたのだが、その考えはやや甘かった。 大神殿側の冷たい対応は、想像よりもずっと彼女に重い衝撃を与えていた。冷静な判断が可能な精神状態ではなかったのなら、自分で帰ってくるはずもない。 ――俺のばか! それなのに、自分はカセル侯のもとへ陳情に赴いたりと、己のことしか考えていなかった。夕方になり、まだ大神殿に戻っていないことを知ってからあわてて

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    oukastudio 2013/05/15
    ジャンは、焦燥感に駆られていた。  ――まさか、こんなことになろうとは!  ヴァイクに対して申し訳が立たない。ベアトリーチェを任されたというのに完全にはぐれ、日も陰ってきた時間になっても未だ見つけること
  • つばさ - 第八章 終わりの始まり

    人によっては、これを『錚々(そうそう)たる顔ぶれ』とでも呼ぶのだろうか。 宮殿の〝白頭鷲(はくとうわし)の間〟には、七選帝侯のうち五人までがすでに集結していた。それぞれが、円卓のいつもの席に着いている。 フェリクスの左隣には、ブロークヴェーク侯ゼップルが座っていた。またしても、何かをくちゃくちゃとべている。 その対面にいる神経質なところのあるアイトルフ侯ヨハンが、物言いたげにそんな彼を睨んでいた。 彼の左にいるダルム侯シュタッフスは、相変わらず無表情で掴みどころがない。そこに言い知れぬ不気味さを感じることもあるのだが、取り立てて何か悪いことをしているわけでもなく、それなりに領地をうまく運営しているいい領主だといえた。 この中でもっとも気になるのは、やはりハーレン侯ギュンターだろうか。 てっきりこの帝都で再び侯かマクシミーリアーンが接触してくるものと思っていたのだが、今のところこれといって

    つばさ - 第八章 終わりの始まり
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    oukastudio 2013/05/14
    人によっては、これを『錚々(そうそう)たる顔ぶれ』とでも呼ぶのだろうか。  宮殿の〝白頭鷲(はくとうわし)の間〟には、七選帝侯のうち五人までがすでに集結していた。それぞれが、円卓のいつもの席に着いている。  
  • つばさ - *

    いよいよ、ここまで来てしまった。もう引き返せないところまで。 これまで止める機会がなかったのだから仕方がない。いや、あったのだろう。しかし、決断することができなかった。 やれば、すべてが変わってしまっていた。周りも、自分も、そしてあの人も。 それが怖かった。変化が怖かった。 自分の考えが正しいという自信もなかった。相手が間違っていると言い切れるだけの根拠もなかった。 迷い、悩み、苦しみつづけた結果、いつの間にか時間だけが過ぎてしまった。決断力のなさが、すべての好機を逸することになった最大の原因であった。 だが、やはり、やらなければならないことだ。そのことを、今では確信できている。そして、それをやれるのは自分しかいないということも。 誰も助けてくれない。誰にも押しつけられない。 逃げる道もなければ、逃げ込む場所もなかった。 ――これが自分の運命なのか。自分がやるしかないのか。 誰にともなく呪

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/13
    いよいよ、ここまで来てしまった。もう引き返せないところまで。  これまで止める機会がなかったのだから仕方がない。いや、あったのだろう。しかし、決断することができなかった。  やれば、すべてが変わってしま
  • つばさ - *

    宮殿が慌ただしくなりはじめた。ノイシュタット侯につづき、各諸侯が続々と集まってきた。 フェリクスの次にやってきたのは、アイトルフ侯ヨハンだ。几帳面な性格どおり、選帝会議に遅れないよう、わざわざ早めに来たのだろう。 ただそれが災いして、ヨハンは民からの人気もなければ、実務もうまくいかないことが多かった。 細かいことにこだわりすぎるためだ。 人の上に立つ者はある程度の鷹揚さというか、小さいところはあえて見ない器の広さが必要なのだが、残念ながらヨハンはそのことがまるでわかっていないようだった。 むしろ逆に、領主だからこそ細かいところまで逐一気にすべきだと考えているらしかった。 「見るからに〝ダメ領主〟って感じだな」 「ああ、そうだな」 隣にいた同僚の言葉に、ノイシュタットの近衛騎士、ヨハンは小声で同意した。 あんなのが自分の主(あるじ)でなくてよかったと心底思う。フェリクスとはあまりに対照的であ

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/12
    宮殿が慌ただしくなりはじめた。ノイシュタット侯につづき、各諸侯が続々と集まってきた。  フェリクスの次にやってきたのは、アイトルフ侯ヨハンだ。几帳面な性格どおり、選帝会議に遅れないよう、わざわざ早めに
  • つばさ - *

    この部屋から見る景色は、いつも変わらなかった。 もちろん、季節の変化はある。それどころか、近くの森や山をはっきりと見られるから、他のところよりもその移り変わりがよくわかるほどだ。 アーデは、子供の頃からこの部屋――兄の執務室の窓から見る風景が好きだった。 取り立てて面白いところがあるわけでもない。特別美しいわけでもない。それでも、こころに響く何かがここにはあった。 それは、兄との思い出なのかもしれない。 早くに母を亡くし、父も自分が十三になる前に旅立ってしまってからは、兄は唯一の家族であり、こころのよりどころでもあった。 そんな兄とよく一緒にここから外の景色を眺めていたことを、今でもはっきりと憶えている。勝手に父の部屋に入って、二人して怒られたことも。 その兄フェリクスは、すでに城を発(た)っていた。四年に一度の選帝会議に出席するためだ。 城下では、次期皇帝は周囲から尊敬を集め、経験も豊富

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/11
    この部屋から見る景色は、いつも変わらなかった。  もちろん、季節の変化はある。それどころか、近くの森や山をはっきりと見られるから、他のところよりもその移り変わりがよくわかるほどだ。  アーデは、子供の頃
  • つばさ - *

    匂いというものは、何も鼻だけで嗅ぎ分けるものではない。目や肌などのすべてで〝感じ取る〟ものだ。 初めのうちはまったくわからなくても、感覚を研ぎ澄ませていけばおのずと匂いというものを感知できるようになる。 そしてヴァイクは今まさに、翼人の匂いを嗅ぎつけていた。 ――やはり、この帝都の周りにも翼人はいたか。 予想していたことではあったが、驚きを禁じ得ないことでもあった。 帝都といえば、人間の世界における中心だ。翼人からすれば、そこを敬遠することこそあれ、みずから好んで近づくことなどないはずだった。 だが、確実に同族の気配がある。具体的にどこに、というのはまだわからないが、あの特有の雰囲気が帝都周辺の森に流れていた。 ヴァイクは、その上空をゆっくりと飛んでいた。 やや運任せのやり方ではあるが、こうしていればいつか見つけられるかもしれないし、逆に相手がこちらを見つけて襲いかかってくるかもしれない。

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    oukastudio 2013/05/10
    匂いというものは、何も鼻だけで嗅ぎ分けるものではない。目や肌などのすべてで〝感じ取る〟ものだ。  初めのうちはまったくわからなくても、感覚を研ぎ澄ませていけばおのずと匂いというものを感知できるようにな
  • つばさ - *

    久しぶりにベッドで過ごす夜は、あまりにも快適なものだった。 ベアトリーチェはいろいろと考え事をしたかったのだが、横になるとあっという間に眠り込んでしまった。 結局ジャンと別れたあと、特にすることもなく手持ちぶさたなまま大神殿をぶらぶらとしていた。彼と合流したのは、すでに暗くなってからのことだった。 残念ながら、ヴァイクとは連絡が取れなかったらしい。待ち合わせの森のところでしばらく待ったのだが、彼がやってくる気配すらない。 仕方なく帝都に戻ってきてカセル侯への謁見の許可を取ろうとしたのだが、宮廷の衛兵によると侯はまだ到着していないそうだった。 ヴァイクもヴァイクなりの思惑があってここまで来た。彼は、はぐれ翼人の集団のことが気になっている様子だが、その手がかりを探しているように感じる。 もっとも、さすがにこの帝都を翼人が襲うとも思えなかったが。 ベアトリーチェはジャンとともに朝をとってから、

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/09
    久しぶりにベッドで過ごす夜は、あまりにも快適なものだった。  ベアトリーチェはいろいろと考え事をしたかったのだが、横になるとあっという間に眠り込んでしまった。  結局ジャンと別れたあと、特にすることもな
  • つばさ - *

    いつも大祭の時期ともなると自分自身もこころが浮き立ったものだが、今回ばかりは憂な気分にならざるをえなかった。 それは、揺れつづける馬車のせいばかりではなかった。 「盛り上がりすぎだな」 「珍しいですな、お祭り男のフェリクス様がそんなことをおっしゃるなんて」 「おいおい、オトマルならわかってるはずだと思ったんだが」 「冗談です。確かに、この盛り上がりが裏目に出なければいいのですが」 少し目を細めて帝都の情景を、馬に乗ったオトマルは見つめた。 ノイシュタット侯フェリクスとその一行は、選定会議に参加するべく帝都内に入っていた。宮殿へ通ずる西の〝ジルヴェスター通り(シュトラーセ)〟を、宮廷軍の兵士に先導されて進んでいく。 ノイシュタット侯といえば、今や帝都内でもっとも注目されている存在だ。必然、通りの両脇には大勢の人々がその一行を見に集まっていた。 といってもノイシュタットの騎士は少なく、数えて

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/08
    いつも大祭の時期ともなると自分自身もこころが浮き立ったものだが、今回ばかりは憂鬱な気分にならざるをえなかった。  それは、揺れつづける馬車のせいばかりではなかった。 「盛り上がりすぎだな」 「珍しいですな
  • つばさ - >

    その横でベアトリーチェは、静かに息を吐いた。 ――みんな、いろいろあるんだ。 アルスフェルトでの一件以来、さまざまな人に出会い、さまざまなことを教えてもらってきた。 その中で痛感したのは、昔の自分は恵まれた環境にあったということ。 みずからも捨て子ではあるが、そんな過去がかわいく思えるほど、周りの人々の苦悩は深かった。 ――私も、なんとかしたい。みんなの力になりたい。 そう強く願うものの、今の状況ではその気持ちは焦りに変わり、自身をさらに追い込んでいくだけ。 どこかのんびりとした周囲の空気が、なぜか恨めしかった。 「おや、神官様ではございませんか」 なかば自分の世界に入りかけていたところを、一言で打ち破られた。 はっとして顔を上げると、いつの間にか隣に、神官衣をまとった細身の青年が立っていた。 「ああ、はじめまして。神官のベアトリーチェと申します」 「どうかされたのですか?」 「ええ、それ

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    oukastudio 2013/05/07
    その横でベアトリーチェは、静かに息を吐いた。  ――みんな、いろいろあるんだ。  アルスフェルトでの一件以来、さまざまな人に出会い、さまざまなことを教えてもらってきた。  その中で痛感したのは、昔の自分は
  • つばさ - 第七章 胎動

    いよいよ帝都が近づいてきた。これからいくつかの丘を越え、二つの森を抜けると、そこからはもうリヒテンベルクの威容が見えるはずであった。 ここまで歩いてきたおかげで、ヴァイクの翼の傷もだいぶ癒えた。激しく動かすとまだ痛みはあるものの、普通に飛ぶ分には問題のないほどに回復していた。 問題はベアトリーチェのほうだ。女の足ではさすがにこの道程は厳しかったらしく、疲れがたまってきたのか、進めば進むほど口数が少なくなっていった。 ヴァイクも元より、よくしゃべるほうではない。ジャンもこれといって話すことがなく、一行はただ淡々と歩を進めることになった。 それが不意に止められたのは、丘の谷間を埋めるように広がる森の中へと入ったときのことであった。 「ヴァイク、あれ――」 「うん?」 最初に気がついたのはジャンだ。 言われてヴァイクが前方を見やると、道を塞ぐようにして立つ木の幹に何か違和感があった。 よく見ると

    つばさ - 第七章 胎動
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    oukastudio 2013/05/06
    いよいよ帝都が近づいてきた。これからいくつかの丘を越え、二つの森を抜けると、そこからはもうリヒテンベルクの威容が見えるはずであった。  ここまで歩いてきたおかげで、ヴァイクの翼の傷もだいぶ癒えた。激し
  • つばさ - *

    暗闇の中で、たった一のろうそくの炎が不安げに揺らめいている。 弱々しいその光源がそこにいる人物を、時おり、わずかばかりに照らし出す。 決断の時はいよいよ近づいていた。もはや、残された時間は少ない。悩み、迷ったままついにここまで来てしまった。 ――自分が止めなければならない、この間違った流れを。 その思いは、以前からずっとあった。これからのことを思えばこそ、自分の手を汚してでもやらなければならぬことがある。 だが、決めきれないまま時間だけが過ぎ、逡巡したあげくに結局は何もできなかった。 そうこうしている間に戦いへの流れはいやがおうにも強まり、もはや自分ひとりではどうにもできない領域に差しかかってしまった。 それもこれも、自分の意志のなさが招いたことだ。 何を為すべきかはわかっていた。 その方法もあった。 しかし、どうしても決心だけがつかない。 優柔不断との誹(そし)りを免れえない。それほど

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/05
    暗闇の中で、たった一本のろうそくの炎が不安げに揺らめいている。  弱々しいその光源がそこにいる人物を、時おり、わずかばかりに照らし出す。  決断の時はいよいよ近づいていた。もはや、残された時間は少ない。
  • つばさ - *

    もう二度と来るまいと思っていたこの場所。ひょんなことからたまたまここの上空を通りかかり、気がついたら降りてしまっていた。 ――なぜ、自分はここにいるのだろう。 後悔なのか、未練なのか。自分でもよくわからなかったが、今こうしてここにいるということは、何か引かれるものがあったのだろう。 確かに好きな場所ではあった。見晴らしがよく、適度に風が吹く気持ちのいいところ。 すぐ近くが崖になっているから、彼女はいつも怖いと言っていた。そのたびに、わざと落としてやろうとしたものだった。 ――俺も、あの頃のことを懐かしいと思えるようになったのか。 彼女が離れていったあの日からずっと、彼女自身のことも、その思い出もけっして考えないようにしてきた。 耐えられなかった。かつてを思い起こすたびに、憂いと怒りとあの失望が込み上げてくる。 ――だが、俺は変わった。 こころの傷は時間が癒してくれるというのは当だった。

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/04
     もう二度と来るまいと思っていたこの場所。ひょんなことからたまたまここの上空を通りかかり、気がついたら降りてしまっていた。  ――なぜ、自分はここにいるのだろう。  後悔なのか、未練なのか。自分でもよく
  • つばさ - *

    今日は風の強い日だ。空には重苦しい雲が立ち込め、太陽は朝から顔を出していない。日照不足に悩む南東部の民のことが心配だった。 カセル侯ゴトフリートはヴェストベルゲンにある城のバルコニーに出て、厳しい目で南の空を見つめていた。 そこに一切の弱さはなく、ただ強さのみがある。これまでいくつもの修羅場をくぐり抜けてきたからこそ勝ち得た、怜悧なまでの鋭さであり、燃えるような激しさであった。 「ゴトフリート様」 背後からの声があった。 「こんなに風の強い中、ずっと外に出られていてはお体に障ります。部屋へお戻りください」 そう呼びかけたのは、副官のルイーゼであった。言葉のとおり心配げな表情で、暴れる髪を押さえながらゴトフリートの斜め後ろに控えている。 「どうしても、今のうちにこの景色を目に焼き付けておきたくてな」 と言い、もう一度前方に視線を戻す。部屋の中へ入ろうとする気配はなかった。 「気弱なことをおっ

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/04/24
    今日は風の強い日だ。空には重苦しい雲が立ち込め、太陽は朝から顔を出していない。日照不足に悩む南東部の民のことが心配だった。  カセル侯ゴトフリートはヴェストベルゲンにある城のバルコニーに出て、厳しい目
  • つばさ - *

    夜明け前の森の空気はどうしてこう憂なのだろう。 昇らない太陽、差さない光。 すべてがどこかぼやけていて、何もかもが重くたれ込めている。 ――なぜ、ここにいるのだろう。 と、素直な疑問がわき起こってくる。 ――ああ、そうだ。ベアトリーチェたちと別れたんだった。 今頃、神殿で休んでいるはずだ。どう考えても、自分たちは住む世界が違う。 周りからは何も音がしない。風もないせいで、驚くほどの静寂に辺りは包まれていた。 ――こんなときに限って静かになりやがる。 今は、少しだけ騒がしくしてほしかった。こんなに何も音がしないと、自分のこころの声がはっきりと聞こえてきてしまう。 耳を塞いでも、大声で叫んでも聞こえてくる内面のこだま。それを受け止められるほどには、自分のこころは準備ができていなかった。 ――結局、あの女の言っていることはすべて正しかった。 偉そうなことを遠慮会釈なくまっすぐにぶつけてきた女。

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/04/22
    夜明け前の森の空気はどうしてこう憂鬱なのだろう。  昇らない太陽、差さない光。  すべてがどこかぼやけていて、何もかもが重くたれ込めている。  ――なぜ、ここにいるのだろう。  と、素直な疑問がわき起こっ
  • つばさ - *

    小さな泉から水があふれ、小川となって静かに流れていく。その近くに立つ大樹には小鳥たちが集まり、ささやかな演奏会を開いていた。 ここは城の地階、その奥まったところにある一室だ。 城の中とは思えない穏やかさと静けさに包まれているそこは、ノイシュタット侯フェリクスの副官であるオトマルにあてがわれた一室であった。 そこへ、ずかずかと近づいていく小柄な姿があった。 妹姫たるアーデルハイトだ。 どこか不機嫌そうに、一緒についてくる者たちを時おり振り返っている。 そのアーデが苛立ちを抑えつつ、扉のそばに立つ従者にみずからの訪問を告げた。 「は、はい。少々お待ちください」 姫がここに来ることをまったく想像していなかったのか、男はあわてた様子で部屋の中へと入っていった。 程なくして、再び扉が開け放たれた。 「まあまあ、アーデ様がこんなところにおいでになるなんて、どうしたものかしら」 そこから現れたのは、恰幅

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/04/19
    小さな泉から水があふれ、小川となって静かに流れていく。その近くに立つ大樹には小鳥たちが集まり、ささやかな演奏会を開いていた。  ここは城の地階、その奥まったところにある一室だ。  城の中とは思えない穏や
  • つばさ - 第六章 雌伏のとき

    やはり、地に足をつけていると落ち着く。どだい、人間が空を飛ぼうとすることは愚かな行為だった。 「翼人でもあるまいし……」 顔をしかめながら、ブーツの底を床にこすりつける。ここが空中ではないことを確認するかのように。 カセル侯領で翼人の襲撃を受けてからのことは、まったくもって惨憺たるものであった。 謎の集団に助けられ命拾いしたまではよかったものの、半壊した飛行艇ではとりあえず自領に帰るのがやっとで、泣く泣くイレーネという名の湖に不時着せざるをえなかった。 しかも、そのあとがまたいけない。船底に大穴が空いているのだから浮かぶはずもなく、すさまじい勢いで沈みはじめた。 何人かはその流れに巻き込まれてしまったが、湖がたいして深くなかったことが幸いして、なんとか着水時における死者を出さずにすんだ。 だが、全員が命拾いをしたその後の事後処理もまた大変なものであった。 艇は大半が沈んでしまったから、それ

    つばさ - 第六章 雌伏のとき
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    oukastudio 2013/04/14
    やはり、地に足をつけていると落ち着く。どだい、人間が空を飛ぼうとすることは愚かな行為だった。 「翼人でもあるまいし……」  顔をしかめながら、ブーツの底を床にこすりつける。ここが空中ではないことを確認す
  • つばさ - >

    「ノーラ様……」 ――ああ、そうか。 ベアトリーチェはひとり、納得していた。 罪を負って生きていたのはアリーセだけではなかった。ノーラも同じだった。 ――いや、違う、そうじゃない。 こころの中で、ベアトリーチェは自身の考えをすぐさま否定した。 きっと誰しもが、なにがしかの罪を負いながら人生という道を歩んでいる。 誰も完璧ではない、誰も間違いを犯さないことなんてない。 程度の差こそあれ、誰もが自身のうちに罪の意識を秘めている。 自分も、そして隣にいるヴァイクも。 その白翼の彼は、どこか悔しげに己の拳を見つめていた。 「どうして、人は生きるんだろうな。自分の罪にずっと苦しんでまで」 「すごいことを聞くのね。私に答えられるはずがないじゃない」 涙をぬぐうと、なぜか怒ったような顔でノーラはヴァイクを睨んた。 「生きて償いきれない罪なら死んで詫びる――それは当にいけないことなのか?」 「そう言うと

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    oukastudio 2013/04/13
    「ノーラ様……」  ――ああ、そうか。  ベアトリーチェはひとり、納得していた。  罪を負って生きていたのはアリーセだけではなかった。ノーラも同じだった。  ――いや、違う、そうじゃない。  こころの中で、
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    ヴァイクは首を横に振った。 「そんなことは、どちらの世界でも有り得ないことだ。周りから認められるはずがない」 「そうね。実際、二人のことがばれてしまってからは、アリーセは家族から猛反対されていたわ。あの頃は、私もまだ未熟だったのね。他の家族と一緒になってあの子を説得しようとしていた」 ――自分のばかさ加減と、あの子の純粋な思いも知らずに。 アリーセは当然、反発した。それも、当時はおとなしかったあの子からは想像もできないほどに。それだけアリーセの思いは強く、かつ真摯なものだったのだろう。 だが、そのことに周りの誰もが気づいてやれなかった――自分も含めて。 「私はどうせすぐに熱が冷めるだろうと思って、前から予定されていた神殿に入ってしまった」 アリーセの思いは、未知への存在の憧れと好奇心が生んだ一過性のものにすぎない、ただの思い込みだろうと考えていた。 だから、妹の意見を真剣に聞くこともなく、

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    oukastudio 2013/04/12
    ヴァイクは首を横に振った。 「そんなことは、どちらの世界でも有り得ないことだ。周りから認められるはずがない」 「そうね。実際、二人のことがばれてしまってからは、アリーセは家族から猛反対されていたわ。あの
  • つばさ - *

    空は、憎らしいほどに快晴だ。 湿気はそれほどないから蒸し暑さは感じないが、とにかく日射しが強い。夏でもないのに太陽の明るさが恨めしくなる。 ヴァイクたち一行はあれから少し休みをとり、しかしすぐにまた歩を進めていた。空は飛んでいない。 ベアトリーチェだけでなくジャンもいるからというのもあるが、ヴァイクの翼の傷はそれが許されるほど浅いものではなかった。 その影響もあるのだろうか、ヴァイクの表情は冴えない。なまじ、空がこれ以上ないというほど晴れ渡っているだけに、彼の暗さが際立ってしまっていた。 それは、他の二人にしてみても同じであった。ベアトリーチェはまた物思いに沈み、ジャンはそんな二人に挟まれてどうしたものかとずっと思案顔だ。 リゼロッテを失った影響は、それぞれが思っていた以上に大きかった。 いなくなって初めてわかる。あの少女の存在そのものが、周りを当に救っていた。 ――力が入らない。 それ

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    oukastudio 2013/04/07
    空は、憎らしいほどに快晴だ。  湿気はそれほどないから蒸し暑さは感じないが、とにかく日射しが強い。夏でもないのに太陽の明るさが恨めしくなる。  ヴァイクたち一行はあれから少し休みをとり、しかしすぐにまた