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ファンタジーと小説に関するoukastudioのブックマーク (150)

  • つばさ - 第十章 すべての終止符と喜びと

    森の空気は冷たく、帝都の喧噪が嘘のようにあたりは静まり返っている。響くのは雨の音ばかりで鳥の鳴き声すらしない。 「なんとも嫌な雨ですね」 「そうでもないわ」 ユーグが大樹の下から恨めしげに空を見上げ、アーデはただ前方を一心に見つめている。 一行は帝都を脱出し、南の森の中に潜んでいた。周囲では無数の翼人が待機し、静かな面持ちでアーデの号令を待っている。 姫はそんな彼らを見回してから、視線を元に戻した。 「この雨と霧のおかげで視界が悪くなってる。私たちみたいに表立って行動できない側にとってはありがたいことよ」 「それはそうですが……」 一方では、翼人にとって雨はあまり好ましいものではない。 翼が濡れてしまうし、ひとつの武器でもある目のよさが活かしきれない。実際、周りにいる仲間も羽に雨が当たるのを明らかに嫌がっていた。 とはいえ、これくらいで弱音を吐くような戦士は、ここにはひとりとしていなかった

    つばさ - 第十章 すべての終止符と喜びと
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    oukastudio 2013/06/02
    森の空気は冷たく、帝都の喧噪が嘘のようにあたりは静まり返っている。響くのは雨の音ばかりで鳥の鳴き声すらしない。 「なんとも嫌な雨ですね」 「そうでもないわ」  ユーグが大樹の下から恨めしげに空を見上げ、ア
  • つばさ - *

    低い雲が凄まじい勢いで流れていく。 ここまでは、あらゆることが順調に推移していた。 狙いどおり宮廷軍を一気に壊滅させ、残存兵には空中から矢を射かける。四つの大門を閉じたままにさせておくことで市民を外へ逃がさず、帝都内の混乱をさらに大きくする。 そこへ、業を煮やした諸侯の軍が突入を強行する。しかし、それによって帝都内はさらに混迷の度を深め、結果として諸侯の軍も思うように動けなくなる。 さらに、大神殿側が決断してくれたのも朗報だった。 ぎりぎりまで聖堂騎士団が動くかどうかはこちらにもわからなかったが、彼らが介入してくれたおかげで帝国側の混乱と焦燥はいや増した。 ――今のところ、ほぼすべて台通りだ。 やや信じがたいほどにうまくいっていることが、かえって気がかりなほどであった。 ――この強い雨だけは厄介だが。 飛べなくなるわけではないが、翼が濡れて重くなると余計な体力を使う。何より、不快で仕方が

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/06/01
    低い雲が凄まじい勢いで流れていく。  ここまでは、あらゆることが順調に推移していた。  狙いどおり宮廷軍を一気に壊滅させ、残存兵には空中から矢を射かける。四つの大門を閉じたままにさせておくことで市民を外
  • つばさ - *

    まるで帝都の内側が煙ですっぽりと覆われたように、すべてがぼやけていて判然としない。しかし、それでいて凄まじいまでの狂騒の音は、ここまではっきりと響いてくる。 雨と霧と火事とによる煙で、視界はおそろしく悪くなっていた。 たいした高さを飛んでいるわけでもないのに、地上の建物を識別するのが難しい。ましてや、人それぞれを判別できるはずもなかった。 そのうえ厄介なのは、厚くたれ込めた雲だ。日の光を遮ってしまい、まだ昼間だというのが嘘だと思えるほどに周囲を暗い影で包んでいる。ほとんど宵の口に近いような状態であった。 ――どこだ、ジャン。 ヴァイクは目をこらしながら、帝都の上空を必死になって飛んでいた。 鳴り響く悲鳴を耳にし、倒れた人の山を目にして、強烈な不安に苛まれつつ、この広い帝都でたったひとりの人物を捜し求めた。 ――これは、ベアトリーチェを見つけ出す以上に難しいかもな…… というのが率直な感想だ

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/31
    まるで帝都の内側が煙ですっぽりと覆われたように、すべてがぼやけていて判然としない。しかし、それでいて凄まじいまでの狂騒の音は、ここまではっきりと響いてくる。  雨と霧と火事とによる煙で、視界はおそろし
  • つばさ - *

    目の前の光景はなんだろうか。 人間と人間とがぶつかり合い、剣を交え、盾で押し合い、火花を散らしている。その人間は、片方が賊でも暴徒でもない。正規兵同士が真剣に、しかもここ帝都で戦っていた。 その様子が、ここまで見る者に衝撃を与えるものだとは予想だにしなかった。しかし一方では、ついにこのときが来たのかと納得する面もあった。 片方は宮廷軍。 片方は聖堂騎士団。 この二者は古(いにしえ)よりずっと対立をつづけ、隙あらば互いを滅ぼさんといがみ合ってきた。 互いに譲れぬものがあり、互いに相容れぬものがある。結果として常に争いの気配をはらみ、常に敵意の炎はくすぶっていた。 それが表面化したことは、これまで幾度となくあった。中でも最もひどい事態になったのが、六十年前に起きた〝カイザースヴェークの争乱〟だ。 以前から両者がため込んでいた不満や怒りが頂点に達し、皇帝の宮廷軍と大神官の聖堂騎士団との戦いが勃発

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/30
    目の前の光景はなんだろうか。  人間と人間とがぶつかり合い、剣を交え、盾で押し合い、火花を散らしている。その人間は、片方が賊でも暴徒でもない。正規兵同士が真剣に、しかもここ帝都で戦っていた。  その様子
  • つばさ - >

    ベアトリーチェは、思いきって広場から出ることにした。先行きへの恐怖は確かにあるものの、逆に怖がって立ち止まってしまうことだけはしたくなかった。 比較的丈夫そうな建物の並ぶ路地を選び、ゆっくりと、しかし着実に進んでいく。 闇雲に行くのも問題があるから、とりあえず目印でもある宮殿に戻ろうと決めた。あそこならおそらく安全だろうし、来た道を戻れば知っているところだから不安もない。 残念ながら、自分が今どの辺りにいるのかはおおよそのところしかわからないが、宮殿の建物が見えているので進むべき方向は把握できる。 今はとにかく門から離れつつ、可能なかぎりそちらへ向かうしかなかった。 擾乱(じょうらん)の中、驚くほど静かな一画を進む。そのときになって初めて気づいたのだが、あえて家の中に留まり、不安に怯えながら様子を見守っている人たちもいるようだった。 ということは、あの崩れた家の中にも――頭に浮かんできた最

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    oukastudio 2013/05/29
    ベアトリーチェは、思いきって広場から出ることにした。先行きへの恐怖は確かにあるものの、逆に怖がって立ち止まってしまうことだけはしたくなかった。  比較的丈夫そうな建物の並ぶ路地を選び、ゆっくりと、しか
  • つばさ - *

    雨が降りだした。 ――さっきまであんなに天気だったのに。 周りの炎による熱気と日差しで恨めしいほどの熱さを感じていたが、そこへ雨が降りそそいだ。 いつの間にか帝都の上空は暗く厚い雲で覆われ、上へと立ちのぼる煙と見分けがつかなくなっている。 ベアトリーチェは今、西の大門へ向かっていた。すでに助けた子供を宮殿に預け終え、路地裏の狭い道を西へひた走った。 幸い、保護したあの子は宮殿側が受け入れてくれることになった。もし拒絶されたらどうしたものかと途方に暮れているところであったが、応対した宮廷兵は少し迷いつつも承諾してくれた。 こちらが神官だったせいもあるのかもしれないが、この非常時でも人の優しさに触れることができたのはよかった。 子供は、別れるときにはすでに意識を取り戻していた。さすがに気が動転しているようではあったが、これであの子の安全に関してはもう心配はない。 ――でも…… やはりと言うべき

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/28
    雨が降りだした。  ――さっきまであんなに天気だったのに。  周りの炎による熱気と日差しで恨めしいほどの熱さを感じていたが、そこへ雨が降りそそいだ。  いつの間にか帝都の上空は暗く厚い雲で覆われ、上へと立
  • つばさ - *

    雲行きが怪しくなってきた。 晴れ渡っていた空の西のほうに暗雲がたれ込めている。まるでこれからの帝都の行く末を暗示しているかのようで憂な気分になる。 騎士ヨアヒムは、ある人物を必死になって捜していた。 それは誰あろう、みずからの主君たるノイシュタット侯フェリクスだ。あの宮殿における混乱の後、秘密の抜け道に入ったまではよかったものの、そこで主や仲間とはぐれてしまった。 まったく明かりのない中を走っていたから仕方のない面もある。それでも、この大事なときに限ってこんなことになってしまうとは、騎士としてあまりにも不甲斐なかった。 ――それにしても、まさかあの抜け穴に分岐路があったとは…… 知らず知らずのうちに間違った方向へ進んでしまい、気がついたら仲間の声や足音は聞こえず、自分はひとりになってしまっていた。 かといって、引き返すことができるはずもない。 おそらく、すでに相当数の追っ手がかかっている

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/27
    雲行きが怪しくなってきた。  晴れ渡っていた空の西のほうに暗雲がたれ込めている。まるでこれからの帝都の行く末を暗示しているかのようで憂鬱な気分になる。  騎士ヨアヒムは、ある人物を必死になって捜していた
  • つばさ - *

    ほぼ完全な暗闇の中を、たいまつの心細い明かりだけを頼りに少し急いで進んでいく。 たいまつが一だけでは、三歩先さえ見渡すことができない。早くしなければならないことはわかっているものの、地下道とはいえ足場が不安定なここを駆け足で進むことさえ難しかった。 ――まるで、今の自分そのままだな。 やや自嘲的な思いが込み上げてくる。 まさしく暗中模索。 未だ出口が見えず、この道で当に合っているのかと迷いがある。 しかし、立ち止まるわけにはいかない。そうしてしまっては、その場で朽ち果てていくだけだ。 しかも、すでに多くの人々を巻き込んでしまった。その犠牲に報いるためにも、身を粉にして最大限の努力をしなければならない。それが、自分にとっての最低限の義務だ。 ――フェリクス、すまぬな。 謝ってもどうにもならないことではあるが、しかし彼だけは、ジークヴァルトの息子だけは無事でいてほしかった。 それが、どうし

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/26
    ほぼ完全な暗闇の中を、たいまつの心細い明かりだけを頼りに少し急いで進んでいく。  たいまつが一本だけでは、三歩先さえ見渡すことができない。早くしなければならないことはわかっているものの、地下道とはいえ
  • つばさ - *

    さすがに、こころの底から揺さぶられるような動揺を禁じ得ない。 周囲は、まるで地獄絵図のごとく化していた。方々で泣き声や悲鳴が上がり、次々と人々が倒れていく。 誰もが自分のことで精一杯で、子供を助けようとさえしない。それどころか周りを押しのけ、他人を犠牲にしてでもみずからが生き延びようとしている。 極限の状態だからおかしくなっているのではない、そのゆえにこそ、人間の質があらわになっているだけであった。 「とんでもないことになったわね……」 アーデは家の陰に潜みながら、ただひたすらに嘆息する他なかった。 これが人間の弱さ、醜さだ。 いつもは隠れていた性の一面が、追いつめられて表面化した。 人間は浅ましく、自分のことしか考えない。それが負の側面に関する否定しようのない現実であった。 ――でも、他人事というわけでもないけれど。 自分たちでさえ、けっして例外ではない。現に今こうして、何もしようと

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/25
    さすがに、こころの底から揺さぶられるような動揺を禁じ得ない。  周囲は、まるで地獄絵図のごとく化していた。方々で泣き声や悲鳴が上がり、次々と人々が倒れていく。  誰もが自分のことで精一杯で、子供を助けよ
  • つばさ - *

    先の会議とはまた違った、刺すような空気が議場には流れていた。 選帝会議は混乱の極みにあった。 この会議も二日目に突入し、普段ならそれぞれが互いの腹を探りつつ題に入るきっかけを得ようかと考える頃合いだったが、そんな平和な目論見はもろくも崩れ去った。 今も、外から怒号や悲鳴がはっきりとこの場にいる者の耳に届いてくる。 フェリクスでさえ、飛行艇が数隻も墜落した際の振動と爆音にさらされたときには、さすがに冷や汗が出るのを抑えきれなかった。 諸侯の中でも、アイトルフ侯ヨハンとブロークヴェーク侯ゼップルの混乱はいっそうひどかった。 元より、二人とも戦というものに慣れていない。それが、あまりに想定外の事態に陥ったものだから、まったく平常心を失ってしまっていた。 だが今、それを諫める者はなかった。なぜなら皆、程度の差こそあれ大きな衝撃を受けていることに違いはなかったからだ。 それは、ある程度のことを予測

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/24
    先の会議とはまた違った、刺すような空気が議場には流れていた。  選帝会議は混乱の極みにあった。  この会議も二日目に突入し、普段ならそれぞれが互いの腹を探りつつ本題に入るきっかけを得ようかと考える頃合い
  • つばさ - *

    森の中というのは、いつも優しいものだ。 緑の木々に囲まれ、下は落ち葉と草の絨毯になっている。天を覆う枝葉が余計な光を遮ってくれて涼しかった。 鳥のさえずりや獣たちの鳴き声は、自然の音楽だ。ずっと聞いていても、けっして飽きることがない。 そこを行き過ぎる風は、ただひたすらに心地よかった。清浄で清涼でまったく癖がない。これこそが物の風だと断言できる。 ――ずっとここにいたい、と思う。 森の中にいるだけで、いろいろな優しさを感じることができる。 ここは、あまりに居心地がよかった。今直面している現実がひどく厳しいものであるだけに、どうしても甘えてしまいたくなった。 ――それが駄目なんだけどな。 そのことは、自分自身が一番よくわかっている。だが、疲れ果てたときに少し休むことくらいは許されるはずだ。これがなくては、もう体力も気力も持ちそうになかった。 ヴァイクは目を閉じて、木の幹に背を預けた。 今は

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/22
    森の中というのは、いつも優しいものだ。  緑の木々に囲まれ、下は落ち葉と草の絨毯になっている。天を覆う枝葉が余計な光を遮ってくれて涼しかった。  鳥のさえずりや獣たちの鳴き声は、自然の音楽だ。ずっと聞い
  • つばさ - *

    天気と自分のこころがここまで対照的なのも珍しい。 ベアトリーチェはまるで夢遊病者のごとく、帝都の街中をさまよい歩いていた。 昨日、神殿を出てから自分がどうしたのかよく憶えていない。 昼間は公園で過ごし、夜は酒場の二階にいた気もするが判然としなかった。 体の疲れは不思議とあまりないから、無意識のうちにきっとどこかで休んでいたのだろう。 ――でも、こころが重い。ひどく重い。 まるで死神に抱かれたかのようにひたすらにつらく、苦しい。悲鳴を上げたいのだがその気力さえない。 それほどまでに、大神殿に、尊敬する大神官に裏切られたことの衝撃は大きかった。 向こうには、裏切ったつもりなどないのかもしれない。 悪意はないのかもしれない。 しかしあれでは、実質的に信者を見捨てたも同然であった。 実際に苦しんでいる、助けを求めている人たちがいる。それなのに手を差し伸べようとしないことを正当化できるどんな理由があ

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/21
    天気と自分のこころがここまで対照的なのも珍しい。  ベアトリーチェはまるで夢遊病者のごとく、帝都の街中をさまよい歩いていた。  昨日、神殿を出てから自分がどうしたのかよく憶えていない。  昼間は公園で過ご
  • つばさ - 第九章 始まりの終わり

    誰にとっても重要なこの日は、笑ってしまうほどの快晴であった。西の空にわずかに雲が見えるが、青い部分がほぼまんべんなく天蓋を覆っている。 辺りは、喧噪に包まれていた。気分の高揚を抑えきれない同志たちが激しい言葉を交わし合い、血気にはやった若い連中が肩ならしとばかりに剣を打ち鳴らしている。 マクシムはそんな仲間の姿を半分頼もしげに、半分不安げに、そしてわずかな罪悪感を覚えながら眺めていた。 「マクシム」 「……クラウスか」 振り返ると、そこには信頼すべき副官がいた。 クラウスは落ち着いた表情をしながらも、目には切れるような鋭さを湛(たた)えている。 「いよいよだな」 「ああ、ここまで長かった気もするが、順調すぎるくらいに順調だった。俺たちがやろうとしていることから考えれば、短いくらいなんだろうな」 故郷の部族を離れてからいろいろなことがあった。 ある人間との出会い、別れ。 そして、最も頼りにし

    つばさ - 第九章 始まりの終わり
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    oukastudio 2013/05/20
    誰にとっても重要なこの日は、笑ってしまうほどの快晴であった。西の空にわずかに雲が見えるが、青い部分がほぼまんべんなく天蓋を覆っている。  辺りは、喧噪に包まれていた。気分の高揚を抑えきれない同志たちが
  • つばさ - *

    複雑な思いというのは、こういうことを言うのだろうか。 自分の予感が当たってほしくない。しかし、おそらくそれは当たっている。そして、それを確認するためにはもう一度〝同族〟を見つけなければならない。 見つけたら、その時点で予感が的中したと考えていい。だから、できれば会いたくないのだが、見つけないことには自分自身が先へ進めなかった。 ――ベアトリーチェ。 彼女のことも気がかりだった。 たぶん帝都の中にいるのだろうが、もし外に出ていたら夜目の利く翼人であってもさすがにこれから見つけ出すのは難しい。 帝都内に残っていてくれることと、ジャンがその彼女を見つけてくれることを期待するしかなかった。 もう春とはいえ、日が落ちるとさすがに冷える。翼人は寒さに強いものの、ずっと飛びつづけていると、風に体の熱を奪われてしまうものだ。 そろそろいったん休憩すべきか――そう思いはじめた頃、遥か前方の木々がわずかに揺れ

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/20
    複雑な思いというのは、こういうことを言うのだろうか。  自分の予感が当たってほしくない。しかし、おそらくそれは当たっている。そして、それを確認するためにはもう一度〝同族〟を見つけなければならない。  見
  • つばさ - >

    「閣下、もっと早くお会いしたかった。できればアルスフェルトの件の直後、遅くともこの会議が始まる前に」 ゴトフリートに反応はない。しかしその瞳には、わずかに苦悩の色が宿っていることが見て取れた。 それは、何を意味するのだろう。 「私も会いたかった、と言うのは嘘になるだろうな」 「明らかに私と会うことを避けていましたからね。いや、私だけではない、他の諸侯とも」 ここ半年、他領の人間でカセル侯と接触できた者はひとりとしていない。この期間は事実上、姿をくらましていたと言い換えてもいい。 だから、 「何をしておられたのです? それ以前に、何を考えておいでなのです?」 「単刀直入に切り込んできたな」 ゴトフリートは困ったように苦笑した。 フェリクスは相変わらずまっすぐだ。自分の信じた道をひたすらに突き進み、引くことを知らない。 それゆえの危うさも同時にはらんでいた。あのときも、無理にカセル領内に入って

    つばさ - >
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    oukastudio 2013/05/18
    「閣下、もっと早くお会いしたかった。できればアルスフェルトの件の直後、遅くともこの会議が始まる前に」  ゴトフリートに反応はない。しかしその瞳には、わずかに苦悩の色が宿っていることが見て取れた。  それ
  • つばさ - *

    ランプの灯りが、ゆらりゆらりと揺らめく。 芯の焦げる匂いが時おり漂い、淡い色に照らされた室内は独特の不自然な雰囲気をまとっている。 場の空気は明らかに焦れていた。最も肝心な人物が未だ訪れないからだ。 「いい気なものだな、ゴトフリート殿は」 アイトルフ侯ヨハンが苛立たしさを隠そうともせず、円卓の上をコツコツと叩いている。 それを咎(とが)める者はない。皆、気持ちは同じだった。 「カセル侯は、もうすでに皇帝になったつもりでいるのではないか」 いつもは温厚なブロークヴェーク侯ゼップルでさえも、らしくなく怒りをあらわにしている。 さすがのフェリクスも、焦れる気持ちを抑えることができなかった。 ――早く会いたい。 その思いがこころを揺さぶる。 直に会えば、何かがわかるはずだとずっと思っていた。 ゴトフリートの態度、ゴトフリートの声、そしてゴトフリートの目によって確認できることがあるはず。 しかし、ま

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/17
    ランプの灯りが、ゆらりゆらりと揺らめく。  芯の焦げる匂いが時おり漂い、淡い色に照らされた室内は独特の不自然な雰囲気をまとっている。  場の空気は明らかに焦れていた。最も肝心な人物が未だ訪れないからだ。
  • つばさ - *

    「まったく、無茶をなさいますね、殿下は」 「無茶をするしかない状況なんだから、仕方ないでしょう」 二人がいつものように言い合いをしながら、いつもとは違うところを進んでいた。 アーデは馬車に、ユーグは馬に乗って、きれいに舗装されているとは言いがたい道を北東へと向かっているところだ。 二人の前後には、数多くの護衛の兵士たちが付いている。 「でも、今回はユーグだって賛成してくれたじゃない」 「渋々、ですが」 「渋々だろうが嫌々だろうが、賛成した以上は同罪よ」 「相変わらずの横暴さですね」 ユーグはこめかみに手をやって、あからさまに天を仰いでみせた。 アーデらはかねてからの予定どおり、都市デューペの近くにあるシュテファーニ神殿へ向かっているところだった。 すべては帝都の動向をより早く探るため。 これから、リヒテンベルクで何かが起ころうとしていることは疑いようもない。それに迅速かつ的確に対処するため

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/16
    「まったく、無茶をなさいますね、殿下は」 「無茶をするしかない状況なんだから、仕方ないでしょう」  二人がいつものように言い合いをしながら、いつもとは違うところを進んでいた。  アーデは馬車に、ユーグは馬
  • つばさ - *

    ジャンは、焦燥感に駆られていた。 ――まさか、こんなことになろうとは! ヴァイクに対して申し訳が立たない。ベアトリーチェを任されたというのに完全にはぐれ、日も陰ってきた時間になっても未だ見つけることはできないでいた。 先ほど神官と交わした言葉が、まざまざと思い起こされる。 『いくら治安のいい帝都とはいえ、暗くなってからの女性のひとり歩きは、かなり危険ですよ』 初めは、ベアトリーチェも大人なんだからいちいち構う必要はない、そのうち戻ってくるだろうと楽観視していたのだが、その考えはやや甘かった。 大神殿側の冷たい対応は、想像よりもずっと彼女に重い衝撃を与えていた。冷静な判断が可能な精神状態ではなかったのなら、自分で帰ってくるはずもない。 ――俺のばか! それなのに、自分はカセル侯のもとへ陳情に赴いたりと、己のことしか考えていなかった。夕方になり、まだ大神殿に戻っていないことを知ってからあわてて

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/15
    ジャンは、焦燥感に駆られていた。  ――まさか、こんなことになろうとは!  ヴァイクに対して申し訳が立たない。ベアトリーチェを任されたというのに完全にはぐれ、日も陰ってきた時間になっても未だ見つけること
  • つばさ - 第八章 終わりの始まり

    人によっては、これを『錚々(そうそう)たる顔ぶれ』とでも呼ぶのだろうか。 宮殿の〝白頭鷲(はくとうわし)の間〟には、七選帝侯のうち五人までがすでに集結していた。それぞれが、円卓のいつもの席に着いている。 フェリクスの左隣には、ブロークヴェーク侯ゼップルが座っていた。またしても、何かをくちゃくちゃとべている。 その対面にいる神経質なところのあるアイトルフ侯ヨハンが、物言いたげにそんな彼を睨んでいた。 彼の左にいるダルム侯シュタッフスは、相変わらず無表情で掴みどころがない。そこに言い知れぬ不気味さを感じることもあるのだが、取り立てて何か悪いことをしているわけでもなく、それなりに領地をうまく運営しているいい領主だといえた。 この中でもっとも気になるのは、やはりハーレン侯ギュンターだろうか。 てっきりこの帝都で再び侯かマクシミーリアーンが接触してくるものと思っていたのだが、今のところこれといって

    つばさ - 第八章 終わりの始まり
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    oukastudio 2013/05/14
    人によっては、これを『錚々(そうそう)たる顔ぶれ』とでも呼ぶのだろうか。  宮殿の〝白頭鷲(はくとうわし)の間〟には、七選帝侯のうち五人までがすでに集結していた。それぞれが、円卓のいつもの席に着いている。  
  • つばさ - *

    いよいよ、ここまで来てしまった。もう引き返せないところまで。 これまで止める機会がなかったのだから仕方がない。いや、あったのだろう。しかし、決断することができなかった。 やれば、すべてが変わってしまっていた。周りも、自分も、そしてあの人も。 それが怖かった。変化が怖かった。 自分の考えが正しいという自信もなかった。相手が間違っていると言い切れるだけの根拠もなかった。 迷い、悩み、苦しみつづけた結果、いつの間にか時間だけが過ぎてしまった。決断力のなさが、すべての好機を逸することになった最大の原因であった。 だが、やはり、やらなければならないことだ。そのことを、今では確信できている。そして、それをやれるのは自分しかいないということも。 誰も助けてくれない。誰にも押しつけられない。 逃げる道もなければ、逃げ込む場所もなかった。 ――これが自分の運命なのか。自分がやるしかないのか。 誰にともなく呪

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/13
    いよいよ、ここまで来てしまった。もう引き返せないところまで。  これまで止める機会がなかったのだから仕方がない。いや、あったのだろう。しかし、決断することができなかった。  やれば、すべてが変わってしま