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ファンタジーと小説に関するoukastudioのブックマーク (150)

  • つばさ - *

    宮殿が慌ただしくなりはじめた。ノイシュタット侯につづき、各諸侯が続々と集まってきた。 フェリクスの次にやってきたのは、アイトルフ侯ヨハンだ。几帳面な性格どおり、選帝会議に遅れないよう、わざわざ早めに来たのだろう。 ただそれが災いして、ヨハンは民からの人気もなければ、実務もうまくいかないことが多かった。 細かいことにこだわりすぎるためだ。 人の上に立つ者はある程度の鷹揚さというか、小さいところはあえて見ない器の広さが必要なのだが、残念ながらヨハンはそのことがまるでわかっていないようだった。 むしろ逆に、領主だからこそ細かいところまで逐一気にすべきだと考えているらしかった。 「見るからに〝ダメ領主〟って感じだな」 「ああ、そうだな」 隣にいた同僚の言葉に、ノイシュタットの近衛騎士、ヨハンは小声で同意した。 あんなのが自分の主(あるじ)でなくてよかったと心底思う。フェリクスとはあまりに対照的であ

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/12
    宮殿が慌ただしくなりはじめた。ノイシュタット侯につづき、各諸侯が続々と集まってきた。  フェリクスの次にやってきたのは、アイトルフ侯ヨハンだ。几帳面な性格どおり、選帝会議に遅れないよう、わざわざ早めに
  • つばさ - *

    この部屋から見る景色は、いつも変わらなかった。 もちろん、季節の変化はある。それどころか、近くの森や山をはっきりと見られるから、他のところよりもその移り変わりがよくわかるほどだ。 アーデは、子供の頃からこの部屋――兄の執務室の窓から見る風景が好きだった。 取り立てて面白いところがあるわけでもない。特別美しいわけでもない。それでも、こころに響く何かがここにはあった。 それは、兄との思い出なのかもしれない。 早くに母を亡くし、父も自分が十三になる前に旅立ってしまってからは、兄は唯一の家族であり、こころのよりどころでもあった。 そんな兄とよく一緒にここから外の景色を眺めていたことを、今でもはっきりと憶えている。勝手に父の部屋に入って、二人して怒られたことも。 その兄フェリクスは、すでに城を発(た)っていた。四年に一度の選帝会議に出席するためだ。 城下では、次期皇帝は周囲から尊敬を集め、経験も豊富

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    oukastudio 2013/05/11
    この部屋から見る景色は、いつも変わらなかった。  もちろん、季節の変化はある。それどころか、近くの森や山をはっきりと見られるから、他のところよりもその移り変わりがよくわかるほどだ。  アーデは、子供の頃
  • つばさ - *

    匂いというものは、何も鼻だけで嗅ぎ分けるものではない。目や肌などのすべてで〝感じ取る〟ものだ。 初めのうちはまったくわからなくても、感覚を研ぎ澄ませていけばおのずと匂いというものを感知できるようになる。 そしてヴァイクは今まさに、翼人の匂いを嗅ぎつけていた。 ――やはり、この帝都の周りにも翼人はいたか。 予想していたことではあったが、驚きを禁じ得ないことでもあった。 帝都といえば、人間の世界における中心だ。翼人からすれば、そこを敬遠することこそあれ、みずから好んで近づくことなどないはずだった。 だが、確実に同族の気配がある。具体的にどこに、というのはまだわからないが、あの特有の雰囲気が帝都周辺の森に流れていた。 ヴァイクは、その上空をゆっくりと飛んでいた。 やや運任せのやり方ではあるが、こうしていればいつか見つけられるかもしれないし、逆に相手がこちらを見つけて襲いかかってくるかもしれない。

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/10
    匂いというものは、何も鼻だけで嗅ぎ分けるものではない。目や肌などのすべてで〝感じ取る〟ものだ。  初めのうちはまったくわからなくても、感覚を研ぎ澄ませていけばおのずと匂いというものを感知できるようにな
  • つばさ - *

    久しぶりにベッドで過ごす夜は、あまりにも快適なものだった。 ベアトリーチェはいろいろと考え事をしたかったのだが、横になるとあっという間に眠り込んでしまった。 結局ジャンと別れたあと、特にすることもなく手持ちぶさたなまま大神殿をぶらぶらとしていた。彼と合流したのは、すでに暗くなってからのことだった。 残念ながら、ヴァイクとは連絡が取れなかったらしい。待ち合わせの森のところでしばらく待ったのだが、彼がやってくる気配すらない。 仕方なく帝都に戻ってきてカセル侯への謁見の許可を取ろうとしたのだが、宮廷の衛兵によると侯はまだ到着していないそうだった。 ヴァイクもヴァイクなりの思惑があってここまで来た。彼は、はぐれ翼人の集団のことが気になっている様子だが、その手がかりを探しているように感じる。 もっとも、さすがにこの帝都を翼人が襲うとも思えなかったが。 ベアトリーチェはジャンとともに朝をとってから、

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    oukastudio 2013/05/09
    久しぶりにベッドで過ごす夜は、あまりにも快適なものだった。  ベアトリーチェはいろいろと考え事をしたかったのだが、横になるとあっという間に眠り込んでしまった。  結局ジャンと別れたあと、特にすることもな
  • つばさ - *

    いつも大祭の時期ともなると自分自身もこころが浮き立ったものだが、今回ばかりは憂な気分にならざるをえなかった。 それは、揺れつづける馬車のせいばかりではなかった。 「盛り上がりすぎだな」 「珍しいですな、お祭り男のフェリクス様がそんなことをおっしゃるなんて」 「おいおい、オトマルならわかってるはずだと思ったんだが」 「冗談です。確かに、この盛り上がりが裏目に出なければいいのですが」 少し目を細めて帝都の情景を、馬に乗ったオトマルは見つめた。 ノイシュタット侯フェリクスとその一行は、選定会議に参加するべく帝都内に入っていた。宮殿へ通ずる西の〝ジルヴェスター通り(シュトラーセ)〟を、宮廷軍の兵士に先導されて進んでいく。 ノイシュタット侯といえば、今や帝都内でもっとも注目されている存在だ。必然、通りの両脇には大勢の人々がその一行を見に集まっていた。 といってもノイシュタットの騎士は少なく、数えて

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/08
    いつも大祭の時期ともなると自分自身もこころが浮き立ったものだが、今回ばかりは憂鬱な気分にならざるをえなかった。  それは、揺れつづける馬車のせいばかりではなかった。 「盛り上がりすぎだな」 「珍しいですな
  • つばさ - >

    その横でベアトリーチェは、静かに息を吐いた。 ――みんな、いろいろあるんだ。 アルスフェルトでの一件以来、さまざまな人に出会い、さまざまなことを教えてもらってきた。 その中で痛感したのは、昔の自分は恵まれた環境にあったということ。 みずからも捨て子ではあるが、そんな過去がかわいく思えるほど、周りの人々の苦悩は深かった。 ――私も、なんとかしたい。みんなの力になりたい。 そう強く願うものの、今の状況ではその気持ちは焦りに変わり、自身をさらに追い込んでいくだけ。 どこかのんびりとした周囲の空気が、なぜか恨めしかった。 「おや、神官様ではございませんか」 なかば自分の世界に入りかけていたところを、一言で打ち破られた。 はっとして顔を上げると、いつの間にか隣に、神官衣をまとった細身の青年が立っていた。 「ああ、はじめまして。神官のベアトリーチェと申します」 「どうかされたのですか?」 「ええ、それ

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    oukastudio 2013/05/07
    その横でベアトリーチェは、静かに息を吐いた。  ――みんな、いろいろあるんだ。  アルスフェルトでの一件以来、さまざまな人に出会い、さまざまなことを教えてもらってきた。  その中で痛感したのは、昔の自分は
  • つばさ - 第七章 胎動

    いよいよ帝都が近づいてきた。これからいくつかの丘を越え、二つの森を抜けると、そこからはもうリヒテンベルクの威容が見えるはずであった。 ここまで歩いてきたおかげで、ヴァイクの翼の傷もだいぶ癒えた。激しく動かすとまだ痛みはあるものの、普通に飛ぶ分には問題のないほどに回復していた。 問題はベアトリーチェのほうだ。女の足ではさすがにこの道程は厳しかったらしく、疲れがたまってきたのか、進めば進むほど口数が少なくなっていった。 ヴァイクも元より、よくしゃべるほうではない。ジャンもこれといって話すことがなく、一行はただ淡々と歩を進めることになった。 それが不意に止められたのは、丘の谷間を埋めるように広がる森の中へと入ったときのことであった。 「ヴァイク、あれ――」 「うん?」 最初に気がついたのはジャンだ。 言われてヴァイクが前方を見やると、道を塞ぐようにして立つ木の幹に何か違和感があった。 よく見ると

    つばさ - 第七章 胎動
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    oukastudio 2013/05/06
    いよいよ帝都が近づいてきた。これからいくつかの丘を越え、二つの森を抜けると、そこからはもうリヒテンベルクの威容が見えるはずであった。  ここまで歩いてきたおかげで、ヴァイクの翼の傷もだいぶ癒えた。激し
  • つばさ - *

    暗闇の中で、たった一のろうそくの炎が不安げに揺らめいている。 弱々しいその光源がそこにいる人物を、時おり、わずかばかりに照らし出す。 決断の時はいよいよ近づいていた。もはや、残された時間は少ない。悩み、迷ったままついにここまで来てしまった。 ――自分が止めなければならない、この間違った流れを。 その思いは、以前からずっとあった。これからのことを思えばこそ、自分の手を汚してでもやらなければならぬことがある。 だが、決めきれないまま時間だけが過ぎ、逡巡したあげくに結局は何もできなかった。 そうこうしている間に戦いへの流れはいやがおうにも強まり、もはや自分ひとりではどうにもできない領域に差しかかってしまった。 それもこれも、自分の意志のなさが招いたことだ。 何を為すべきかはわかっていた。 その方法もあった。 しかし、どうしても決心だけがつかない。 優柔不断との誹(そし)りを免れえない。それほど

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/05
    暗闇の中で、たった一本のろうそくの炎が不安げに揺らめいている。  弱々しいその光源がそこにいる人物を、時おり、わずかばかりに照らし出す。  決断の時はいよいよ近づいていた。もはや、残された時間は少ない。
  • つばさ - *

    もう二度と来るまいと思っていたこの場所。ひょんなことからたまたまここの上空を通りかかり、気がついたら降りてしまっていた。 ――なぜ、自分はここにいるのだろう。 後悔なのか、未練なのか。自分でもよくわからなかったが、今こうしてここにいるということは、何か引かれるものがあったのだろう。 確かに好きな場所ではあった。見晴らしがよく、適度に風が吹く気持ちのいいところ。 すぐ近くが崖になっているから、彼女はいつも怖いと言っていた。そのたびに、わざと落としてやろうとしたものだった。 ――俺も、あの頃のことを懐かしいと思えるようになったのか。 彼女が離れていったあの日からずっと、彼女自身のことも、その思い出もけっして考えないようにしてきた。 耐えられなかった。かつてを思い起こすたびに、憂いと怒りとあの失望が込み上げてくる。 ――だが、俺は変わった。 こころの傷は時間が癒してくれるというのは当だった。

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/05/04
     もう二度と来るまいと思っていたこの場所。ひょんなことからたまたまここの上空を通りかかり、気がついたら降りてしまっていた。  ――なぜ、自分はここにいるのだろう。  後悔なのか、未練なのか。自分でもよく
  • つばさ - *

    今日は風の強い日だ。空には重苦しい雲が立ち込め、太陽は朝から顔を出していない。日照不足に悩む南東部の民のことが心配だった。 カセル侯ゴトフリートはヴェストベルゲンにある城のバルコニーに出て、厳しい目で南の空を見つめていた。 そこに一切の弱さはなく、ただ強さのみがある。これまでいくつもの修羅場をくぐり抜けてきたからこそ勝ち得た、怜悧なまでの鋭さであり、燃えるような激しさであった。 「ゴトフリート様」 背後からの声があった。 「こんなに風の強い中、ずっと外に出られていてはお体に障ります。部屋へお戻りください」 そう呼びかけたのは、副官のルイーゼであった。言葉のとおり心配げな表情で、暴れる髪を押さえながらゴトフリートの斜め後ろに控えている。 「どうしても、今のうちにこの景色を目に焼き付けておきたくてな」 と言い、もう一度前方に視線を戻す。部屋の中へ入ろうとする気配はなかった。 「気弱なことをおっ

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/04/24
    今日は風の強い日だ。空には重苦しい雲が立ち込め、太陽は朝から顔を出していない。日照不足に悩む南東部の民のことが心配だった。  カセル侯ゴトフリートはヴェストベルゲンにある城のバルコニーに出て、厳しい目
  • つばさ - *

    夜明け前の森の空気はどうしてこう憂なのだろう。 昇らない太陽、差さない光。 すべてがどこかぼやけていて、何もかもが重くたれ込めている。 ――なぜ、ここにいるのだろう。 と、素直な疑問がわき起こってくる。 ――ああ、そうだ。ベアトリーチェたちと別れたんだった。 今頃、神殿で休んでいるはずだ。どう考えても、自分たちは住む世界が違う。 周りからは何も音がしない。風もないせいで、驚くほどの静寂に辺りは包まれていた。 ――こんなときに限って静かになりやがる。 今は、少しだけ騒がしくしてほしかった。こんなに何も音がしないと、自分のこころの声がはっきりと聞こえてきてしまう。 耳を塞いでも、大声で叫んでも聞こえてくる内面のこだま。それを受け止められるほどには、自分のこころは準備ができていなかった。 ――結局、あの女の言っていることはすべて正しかった。 偉そうなことを遠慮会釈なくまっすぐにぶつけてきた女。

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    oukastudio 2013/04/22
    夜明け前の森の空気はどうしてこう憂鬱なのだろう。  昇らない太陽、差さない光。  すべてがどこかぼやけていて、何もかもが重くたれ込めている。  ――なぜ、ここにいるのだろう。  と、素直な疑問がわき起こっ
  • つばさ - *

    小さな泉から水があふれ、小川となって静かに流れていく。その近くに立つ大樹には小鳥たちが集まり、ささやかな演奏会を開いていた。 ここは城の地階、その奥まったところにある一室だ。 城の中とは思えない穏やかさと静けさに包まれているそこは、ノイシュタット侯フェリクスの副官であるオトマルにあてがわれた一室であった。 そこへ、ずかずかと近づいていく小柄な姿があった。 妹姫たるアーデルハイトだ。 どこか不機嫌そうに、一緒についてくる者たちを時おり振り返っている。 そのアーデが苛立ちを抑えつつ、扉のそばに立つ従者にみずからの訪問を告げた。 「は、はい。少々お待ちください」 姫がここに来ることをまったく想像していなかったのか、男はあわてた様子で部屋の中へと入っていった。 程なくして、再び扉が開け放たれた。 「まあまあ、アーデ様がこんなところにおいでになるなんて、どうしたものかしら」 そこから現れたのは、恰幅

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    oukastudio 2013/04/19
    小さな泉から水があふれ、小川となって静かに流れていく。その近くに立つ大樹には小鳥たちが集まり、ささやかな演奏会を開いていた。  ここは城の地階、その奥まったところにある一室だ。  城の中とは思えない穏や
  • つばさ - 第六章 雌伏のとき

    やはり、地に足をつけていると落ち着く。どだい、人間が空を飛ぼうとすることは愚かな行為だった。 「翼人でもあるまいし……」 顔をしかめながら、ブーツの底を床にこすりつける。ここが空中ではないことを確認するかのように。 カセル侯領で翼人の襲撃を受けてからのことは、まったくもって惨憺たるものであった。 謎の集団に助けられ命拾いしたまではよかったものの、半壊した飛行艇ではとりあえず自領に帰るのがやっとで、泣く泣くイレーネという名の湖に不時着せざるをえなかった。 しかも、そのあとがまたいけない。船底に大穴が空いているのだから浮かぶはずもなく、すさまじい勢いで沈みはじめた。 何人かはその流れに巻き込まれてしまったが、湖がたいして深くなかったことが幸いして、なんとか着水時における死者を出さずにすんだ。 だが、全員が命拾いをしたその後の事後処理もまた大変なものであった。 艇は大半が沈んでしまったから、それ

    つばさ - 第六章 雌伏のとき
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    oukastudio 2013/04/14
    やはり、地に足をつけていると落ち着く。どだい、人間が空を飛ぼうとすることは愚かな行為だった。 「翼人でもあるまいし……」  顔をしかめながら、ブーツの底を床にこすりつける。ここが空中ではないことを確認す
  • つばさ - >

    「ノーラ様……」 ――ああ、そうか。 ベアトリーチェはひとり、納得していた。 罪を負って生きていたのはアリーセだけではなかった。ノーラも同じだった。 ――いや、違う、そうじゃない。 こころの中で、ベアトリーチェは自身の考えをすぐさま否定した。 きっと誰しもが、なにがしかの罪を負いながら人生という道を歩んでいる。 誰も完璧ではない、誰も間違いを犯さないことなんてない。 程度の差こそあれ、誰もが自身のうちに罪の意識を秘めている。 自分も、そして隣にいるヴァイクも。 その白翼の彼は、どこか悔しげに己の拳を見つめていた。 「どうして、人は生きるんだろうな。自分の罪にずっと苦しんでまで」 「すごいことを聞くのね。私に答えられるはずがないじゃない」 涙をぬぐうと、なぜか怒ったような顔でノーラはヴァイクを睨んた。 「生きて償いきれない罪なら死んで詫びる――それは当にいけないことなのか?」 「そう言うと

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    oukastudio 2013/04/13
    「ノーラ様……」  ――ああ、そうか。  ベアトリーチェはひとり、納得していた。  罪を負って生きていたのはアリーセだけではなかった。ノーラも同じだった。  ――いや、違う、そうじゃない。  こころの中で、
  • つばさ - >

    ヴァイクは首を横に振った。 「そんなことは、どちらの世界でも有り得ないことだ。周りから認められるはずがない」 「そうね。実際、二人のことがばれてしまってからは、アリーセは家族から猛反対されていたわ。あの頃は、私もまだ未熟だったのね。他の家族と一緒になってあの子を説得しようとしていた」 ――自分のばかさ加減と、あの子の純粋な思いも知らずに。 アリーセは当然、反発した。それも、当時はおとなしかったあの子からは想像もできないほどに。それだけアリーセの思いは強く、かつ真摯なものだったのだろう。 だが、そのことに周りの誰もが気づいてやれなかった――自分も含めて。 「私はどうせすぐに熱が冷めるだろうと思って、前から予定されていた神殿に入ってしまった」 アリーセの思いは、未知への存在の憧れと好奇心が生んだ一過性のものにすぎない、ただの思い込みだろうと考えていた。 だから、妹の意見を真剣に聞くこともなく、

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    oukastudio 2013/04/12
    ヴァイクは首を横に振った。 「そんなことは、どちらの世界でも有り得ないことだ。周りから認められるはずがない」 「そうね。実際、二人のことがばれてしまってからは、アリーセは家族から猛反対されていたわ。あの
  • つばさ - *

    空は、憎らしいほどに快晴だ。 湿気はそれほどないから蒸し暑さは感じないが、とにかく日射しが強い。夏でもないのに太陽の明るさが恨めしくなる。 ヴァイクたち一行はあれから少し休みをとり、しかしすぐにまた歩を進めていた。空は飛んでいない。 ベアトリーチェだけでなくジャンもいるからというのもあるが、ヴァイクの翼の傷はそれが許されるほど浅いものではなかった。 その影響もあるのだろうか、ヴァイクの表情は冴えない。なまじ、空がこれ以上ないというほど晴れ渡っているだけに、彼の暗さが際立ってしまっていた。 それは、他の二人にしてみても同じであった。ベアトリーチェはまた物思いに沈み、ジャンはそんな二人に挟まれてどうしたものかとずっと思案顔だ。 リゼロッテを失った影響は、それぞれが思っていた以上に大きかった。 いなくなって初めてわかる。あの少女の存在そのものが、周りを当に救っていた。 ――力が入らない。 それ

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    oukastudio 2013/04/07
    空は、憎らしいほどに快晴だ。  湿気はそれほどないから蒸し暑さは感じないが、とにかく日射しが強い。夏でもないのに太陽の明るさが恨めしくなる。  ヴァイクたち一行はあれから少し休みをとり、しかしすぐにまた
  • つばさ - *

    〝|極光(アウローラ)〟の連中が撤退するのを見届け、ゴトフリートは我知らず皮肉げな笑みを浮かべていた。 「何がおかしい?」 すぐ隣から、不機嫌そうな声が上がった。 「いや、世の中、上には上がいるものだと思ってな」 「俺たちの中には、まだ入ってから日の浅い者も多い。連係が思ったほどうまくいっていないだけだ」 「そうか」 ことさら彼らを責めるつもりはなかった。というよりも、収穫のほうが多かったほどだ。 飛行艇の弱点、空中での襲撃の有効性が確認できた。これはなかなか試せないことだけに、ノイシュタット侯に感謝しなければならないことであった。 「ですが、閣下。アウローラが敗れたことは事実です。今回の作戦が失敗したことよりも、あの翼人たちのほうが問題なのでは?」 背後からそう指摘したのは、金髪の美女――ゴトフリートの副官ルイーゼであった。 「確かにそうだな。あの連中は不確定な要素だ。我々の計画の妨げに

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/04/07
    〝極光|(アウローラ)〟の連中が撤退するのを見届け、ゴトフリートは我知らず皮肉げな笑みを浮かべていた。 「何がおかしい?」  すぐ隣から、不機嫌そうな声が上がった。 「いや、世の中、上には上がいるものだと思っ
  • つばさ - *

    今日の姫は、朝からずっとそわそわしっぱなしであった。 自分の部屋にいても、広間にいても、そして大好きな中庭にいるときでさえ、こころここにあらずといった様子で何かを思い悩んでいた。 あの、いつも明るく闊達なアーデがおかしくなってしまった。その噂はたちまちのうちに広がり、今では城内全体が異様な空気に包まれていた。 誰かが話しかけてもほとんど上の空で、『うん』とか『そうね』といったおざなりな返事しかかえってこない。やがて、誰も姫に近づくことさえできなくなってしまった。 こうなったら、あの男に期待するしかない。この城で、フェリクスを除いて唯一アーデと対等に渡り合える、あの騎士に。 いい加減に疲れたらしく、自身の居室でベッドに倒れ伏しているアーデのもとに、とうとうユーグが現れた。 「どうだった!?」 がばっと跳ね起きたアーデに、ユーグはあからさまにため息をついた。 「なんなんでしょう、このみっともな

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    oukastudio 2013/04/02
     今日の姫は、朝からずっとそわそわしっぱなしであった。  自分の部屋にいても、広間にいても、そして大好きな中庭にいるときでさえ、こころここにあらずといった様子で何かを思い悩んでいた。  あの、いつも明る
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    足下から伝わってくる振動は、船底の外壁部分を破壊しようとしているものだっだ。そこに穴を空けてしまえば、飛翔石のあるところまではすぐだ。 「しかし、閣下。ここをこれ以上減らしたら、もうさすがに持ちません」 「だったら、全員で船底に行くんだ。ここで耐えていても、飛翔石を奪われたら元も子もない。それに、艇の中のほうが――」 フェリクスは、こころの中で自身の頭を殴りつけた。 ――そうだ、初めからそうすればよかったのだ。 甲板の上では、空を飛べる相手にいいようにやられてしまう。 しかし、艇の中に入ってしまえば通路が狭いので、数の多寡があまり関係なくなるうえに、相手は翼が使えない。こちらとしては、これ以上ない形に持ち込めるはずだった。 ――もっと早くにそのことに気づくべきだった。そうしておけば、いたずらに兵の命を犠牲にせずともよかったものを…… しかし、今は後悔している|暇(いとま)さえない。フェリク

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    oukastudio 2013/03/30
    足下から伝わってくる振動は、船底の外壁部分を破壊しようとしているものだっだ。そこに穴を空けてしまえば、飛翔石のあるところまではすぐだ。 「しかし、閣下。ここをこれ以上減らしたら、もうさすがに持ちません
  • つばさ - *

    空を飛ぶというのは、いろいろと不安になるものだ。 足の下に〝何か〟はあるのだが、そのさらに下には何もない。それが頭でわかってしまっているから、余計に落ち着かなかった。 艦橋を強い風が吹き抜けていく。髪がそれに揺さぶられ、後ろへとなびいている。 飛行艇フィデースは、進路を南東にとって空の上を進んでいた。 オリオーンはもちろん使えない。|大弩弓(バリスタ)を搭載しているのが完全にばれると、後々さらに厄介なことになるからというのもあるが、実はさらなる強化・改良を施しているためだった。 「ギュンター殿の忠告にのったというわけではないがな」 「オリオーンのことですか」 「ああ。どうも、これから何か大きなことが起きそうな気がするんだ」 少なくとも、準備だけは抜かりなくしておきたかった。あとでああすればよかった、こうすればよかったと後悔するようなことだけは避けたい。 オリオーンの武装を強化することが、そ

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    oukastudio 2013/03/27
    空を飛ぶというのは、いろいろと不安になるものだ。  足の下に〝何か〟はあるのだが、そのさらに下には何もない。それが頭でわかってしまっているから、余計に落ち着かなかった。  艦橋を強い風が吹き抜けていく。