「浮雲」なぜ書かれたか 太平洋戦争中、南方の占領地へ派遣された林芙美子(1903〜51年)が囚(とら)われた孤独と愛とは――桐野夏生さんの新作長編『ナニカアル』(新潮社)は、恋多き女流作家の空白の時間を、旺盛な想像力でよみがえらせた。昭和と現代の作家の魂が重なり合い、書くことの宿命的な業も浮かび上がる。(佐藤憲一) 「死は一切の罪悪を消滅させます」。47歳で死んだ芙美子の告別式で川端康成は異例のあいさつをしたという。意地の悪さや男性遍歴、「目立ちたがり屋」の言動への非難……芙美子には同時代の文壇からの心ない評も多かった。「なぜそんなに悪く言われたのか。本当の彼女はどんな人だったのか」との疑問が芙美子に引かれた端緒にある。 放浪の子ども時代を過ごした若い女性が、職を転々としながら東京の極貧生活をたくましく生きていく自伝的小説『放浪記』で、昭和初めの文壇に躍り出た芙美子。「彼女のモラルに対する